静岡県浜松市。2001年。

 地平線に夕日がかかり、世界が茜色を強めている中、町は静寂に包まれていた。通りはにぎわいを失い、穿たれた穴と焼けこげた車が点在し、荒れ果てたままにされている。

 建物も人気は無く、あちこちで倒壊して瓦礫をまき散らしている。

 紅い落日の中、動くものはなかった。ただ廃墟だけが黒々とした長い影を地面に落としていた。


 突然、割れたガラスを踏みにじる音が聞こえた。

 破壊されたビルの廃墟の陰には数人の自衛軍兵士達がいた。

「各小隊に告ぐ」

 指揮官らしい男が通信機にささやいた。

「まもなくやつらがお出ましになる時間だ。総員、戦闘態勢をとれ。命令あるまで発砲するな。送レ」

 スピーカーから返事がそれぞれに返ってくる。男達も銃を構えて、姿勢を低くした。


 すでに太陽は地平線の下に沈みきり、残照が西の空を覆っていた。

 そして兵士達の前で、夜の闇が広がりつつあった。

 逢魔が時……と古来から呼ばれる時間がこれから彼らに訪れるのだ。



 最初にそれを発見したのは狙撃手だった。

 紅く、紅く光る点、それが徐々に数を増やしていた。

「敵、発見。数、小型目標推定5千、中型目標推定3千、大型目標5百。飛行物体も百ほど随伴」

 連絡が走り、砲兵隊による射撃が始まる。初弾の着弾諸元が前線から報告され、すぐさま効力射に変わる。迫りくる無数の赤光が爆炎に包まれた。

 兵士達の表情が安堵にゆるんだ。だが、それは一瞬だった。

 煙の向こうできらっと何かが光った。

 次の瞬間、兵士達の頭の上を赤い線が横切った。

 光は兵士達の後方の信号機の支柱にあたり、鈍い爆発音ともに支柱が溶け落ちた。大きな音を立てて信号機が地面に転がる。

 思わず引き金を引きかける兵士を指揮官が手で制した。


 砲撃の爆音が続く中、異なる種類の轟音が兵士達の耳に届き始めた。

 兵士達の顔が険しくなる。

 突如、立ちこめる煙を突き破って巨獣が次々と躍り出た。

「撃て」

 指揮官の号令と共に巨獣に火線が延びる。

 だが、巨獣は兵士達の攻撃をものともせずに、奇怪な咆吼をあげて突進を続けた。突撃銃を撃ち続ける若い兵士が、顔に恐怖の色を浮かべる。

 次の瞬間、巨獣の頭が爆発し、頭を失った胴体がゆっくりと横倒しになった。

 兵士達が歓声をあげると、猛々しいエンジン音と共に分厚い鋼鉄をまとった戦車隊が、兵士達の脇に躍り出た。

 戦車隊は、なおも突進を続ける巨獣に向かうと、火箭と共に砲弾をたたきつけ、巨獣達のいくつかをさらに倒した。

 一体の巨獣が体から何かを戦車隊に向けて放つ。それは一台の戦車の柔らかい脇腹に飛び込んだ。その戦車が砲撃を止めたように見えた次の瞬間、火炎と共に主砲のついた砲塔が天空に吹き上げられ、哀れな戦車は四方八方に破片をばらまいて焼けこげた。

 そして戦いは乱戦となった。
 機関銃小隊の阻止射撃は小型幻獣に莫大な犠牲を強いたが、小型幻獣群は圧倒的な数を恐るべき圧力へと換え、第1阻止ラインを突破した。一方、大型幻獣は歩兵の吸着地雷や戦車の零距離射撃により急速に数を減らした。それらの戦果の代償として、人類側の犠牲もまた多大となった。阻止ラインを破られて2時間後には歩兵で10%、装甲車両にいたっては17%の損耗率をはじき出しながらも、航空優勢と堅固な防御陣地により決定的な戦線の崩壊は免れていた。だが、人類側の不利は動かなかった。幻獣側の機動予備が動き始めたからである。
「中型目標群、急速に接近!」
 その報告を聞いた旅団司令官は歯噛みしたという。  
 
 崩壊しかかった防御線に過酷な重圧が加えられた。
 中型幻獣……戦闘車両や歩兵の重火器を振り切る3次元機動を行えるこの大きさの幻獣は、過去、人類側に多くの出血を強いてきた。
 機関銃の阻止射撃はごく少数を撃破しただけであった。もともと大口径砲には耐えられなくても、機関銃程度の弾は弾く外皮をもっているのである。
 だが有効な打撃を与えられる重火器や戦車砲弾は、その特異な機動に対して有効な照準を得ることができず、むなしく宙に舞った。 
 かくして、人類側の防御線は急速に崩壊していった。

「くるなぁぁぁぁ」
 中型幻獣の前に取り残された兵士は失禁しながら、突撃銃をうち続けた。
 だが幻獣の足が振り下ろされると、哀れな兵士は赤いシミと化した。
 怒りに燃えた兵士達が、次々と手榴弾を投げ込んだ。爆発後、幻獣は血を流しながら地面に倒れ伏す。だが、すぐに次の幻獣が現れ、あたりに爆裂弾をばらまき始めた。兵士達は瓦礫の影に這いつくばり、救援を待った。
 一輌、救援のつもりだろうか、傷ついた戦車が幻獣の前に現れる。
 幻獣の死角からでてきたその戦車は、振り向いた幻獣の頭に砲弾をたたき込むが、よろめき倒れた幻獣の背後からさらに新たな幻獣が出現する。
 幻獣の目が敵意に光り、爆裂弾をまき散らす胸板を開いた。
 戦車が一瞬ひるんだかのように動きをとめる。だがすぐエンジンをうならせ猛然と幻獣に向かって突進を開始した。
「オール、ハンデット・ガンパレード!」
 ただ一言だけ、無線機から流れでた。
 幻獣から飛び出した爆裂弾が戦車の装甲をはぎ取り、砲塔を吹き飛ばす。だが戦車は何かに導かれたように幻獣に向かって突き進んだ。

その心は闇を払う銀の剣

 どこからか投げ込まれた手榴弾が幻獣の動きをいっとき止めた。次の瞬間、半壊した戦車が猛烈な勢いで幻獣に突っ込み、廃墟の壁に押しやった。

絶望と悲しみの海から生まれでて

 幻獣の腕が戦車に振り下ろされた。何度も何度も振り下ろされた。
 だが、その戦車はキャタピラで地面を削りながら、自らの前部で幻獣の腹を押しつぶした。
 幻獣が苦悶の叫びをあげた。


戦友達の作った血の池で 涙で編んだ鎖を引き

 幻獣がさらに車体を叩くと、車体から黒い油が滴った。
「……燃料がもれているのか? おい、そこの戦車兵! 脱出しろ!」
 破損した砲塔から腕が覗いた。腕は何かを握っていた。
「早くしろ! 火がついたら……!」
 呼びかけた兵士は大声を出して、そして握られたものをみて絶句した。
 信号弾拳銃、それは、確かに漏れた燃料に向けられていた。
 その腕の主、血にまみれた戦車兵が姿を現す。
 歩兵達に悠然と敬礼をすると、彼は銃を構えた。
 そして……

悲しみで鍛えられた軍刀を振るう

 戦車が燃え上がった。幻獣ごと。戦車兵は炎に包まれながら敬礼を続け、やがて崩れ落ちた。そして残った弾薬が誘爆。赤黒い炎が2つを包んだ。
 呆然とその光景を眺めていた兵士の耳朶を通信の声が打った。
「全軍に告ぐ。オールハンデットガンパレード。全軍突撃せよ! 残された者達の未来のために!!」

どこかの誰かの未来のために
地に希望を 天に夢を取り戻そう

 兵士の口元に苦い笑みが浮かんだ。だが、それは短い間だった。
 銃を持ち直し、手榴弾を確かめる。
 戦友(とも)達の目にも、奇妙に明るい光がともった。
「行こう」
 それで十分だった。彼らは兵士なのだ。そして帰るべき故郷は、幻獣達の遥か後ろだった。兵士達は立ち上がった。

われらは そう 戦うために生まれてきた

 そして歌がはじまる。

それは子供のころに聞いた話 誰もが笑うおとぎ話
でも私は笑わない 私は信じられる
あなたの横顔を見ているから
はるかなる未来への階段を駆け上がる
あなたの瞳を知っている

 その歌は絶望が作り出した悲しい歌なのかもしれない。
 だが、すべてを失いつつある人々は、歌った。
 彼らに残されたのは、希望だけだったから。