研究内容
研究内容
ゲノムは生物の”設計図”であり、遺伝子配列としてDNAに書き込まれています。そのようなゲノムDNAは、細胞では染色体という構造体に含まれます。”設計図”が意味するとおり、全ての細胞と生物の生命活動にはゲノム情報が必要になります。染色体はそのためのゲノムの『担い手』です。しかし、染色体にはゲノムの『担い手以上』の働きも存在します。例えば、細胞は分裂するたびに全ゲノムを娘細胞に正確に継承する必要がありますが、この働きは染色体が生み出すものです。生物が子孫をつくる際に起こる特別なゲノムの継承も染色体による営みです。さらに生物の進化に目を向けると、そこで生じる”設計図”の書き換えや更新は、あたかも染色体が率先して起きているかのようにも見えます。私たちはこのような染色体のゲノムの『担い手以上』の働きに着目して研究します。
セントロメアは、1本の染色体に必ず1つ存在する重要な領域であり、その染色体に制御された動きを生み出しています。その動きは、セントロメア領域に形成される『動原体』というタンパク質複合体と『微小管』という細胞骨格の間で生じる精緻でダイナミックな相互作用を通じて起こります。この動きを介して、染色体は次世代の細胞に正確に継承されていきます。しかし驚いたことに、そのようなセントロメアは、実はDNA配列とは無関係に規定されていることが分かっています。その証拠に、元の領域とは場所も配列も全く異なる新しいDNA領域にセントロメアが出来上がった『ネオセントロメア』の形成事例がこれまでに多数報告されています。私たちは、『ネオセントロメア』形成現象を通じて、このようなセントロメアの意外な柔軟性を追究します。
もし染色体に対してゲノムの『担い手』の働きだけを想定するのであれば、ゲノムを複数の染色体に分割する必要もなければ、各染色体を線状のかたちにする必要もありません。全ゲノムを1本の環状DNAにし、その中に遺伝子を適切な順序と方向で搭載していくのが合理的なデザインのように思えます。しかし、実際の真核生物にはそのようなデザインの染色体は存在しません。全ての真核生物で、ゲノムは多数の異なる線状染色体に分割されたかたちで担われています。いくつか例外もありますが、染色体上の遺伝子の並び方も多くの場合ランダムです。なぜこのような一見非合理的な多様性が、染色体では優先されているのでしょうか。その鍵は生物の進化にある、と私たちは考えます。ゲノム情報に依存しないかたちで染色体とセントロメアがつくり出す多様な形状に着目して、私たちは染色体の編成に関する実証的な実験研究を進めます。
複数の染色体にゲノムが分担されるのは、原核生物と比較した真核生物の特徴になりますが、他にも真核生物には明確な特徴があります。それは、細胞核を典型とした複雑な細胞小器官を真核細胞は備える、という点です。全ての染色体は細胞核に収納されており、それはゲノムDNAとしては複数分子に分断されていますが、より大きな構造体で緩く考えると、依然として一つにつながっている、とも言えます。しかも細胞核は、染色体をランダムに収納する単なる容器ではなく、それらを秩序だった空間配置で内部収納し、三次元的な制御をゲノムに新たに付与している可能性が指摘されています。私たちはこのような細胞核の高次機能にも注目して、ゲノムを担う染色体の編成変化と細胞核の関わりを明らかにしていきます。
このような私たちの研究において中核を為すのは、生きたままの分裂酵母の細胞内で、特定の染色体のセントロメアを狙って条件的に染色体から切除する『セントロメア破壊』実験アプローチです。この『セントロメア破壊』が生じた酵母細胞は、ゲノムの継承において問題が生じ、基本的には致死となります。しかし、最終的に死に至るまでの過程において、その細胞に含まれる染色体には様々なイベントと応答が生じることが分かっています。その中には、『ネオセントロメア』の形成など、普段の正常な細胞環境においては検出困難なイベントも含まれます。これらの応答は、新たな染色体編成変化を獲得した分裂酵母細胞の取得につながり、それらの細胞は、ゲノムと染色体編成の関係性の解明にも利用できます。また、進化における生殖隔離と生物種分岐に対しても実験的な考察を得ることができます。細胞核のもつ高次機能の研究解析にも新たな切り口を与えます。