フェノール類の抗酸化作用発現には, 置換基の電子的あるいは立体的要因が影響を及ぼしていることを以前の稿で紹介した. その際説明したように, フェノール類(ArOH)において, O--H の結合が弱いほどフリーラジカルとすばやく反応する. そのため, ArOH の O-H Bond Dissociation Enthalpy (BDE) は抗酸化能を推測する際の重要な要素になる. BDEは次式右辺のラジカル種の生成熱の合計から左辺基質の生成熱を差し引くことにより求めることができる.
ArX-H → ArX・+ H・ (一般式)
BDEはパソコンで計算することができる. 代表的なフェノール類について, 半経験的分子軌道計算プログラム(MOPAC PM3) を用いて求めたBDEの値が実測値と良好な相関関係があることが報告されている(参考資料1).
さらに, より高度な密度版関数(DFT-B3LYP/6-31G*)法による計算結果との相関が報告された. 次表は Catechin, Epicatechin, QuercetinおよびQuervetinのBDE値である. それぞれの化合物について, 各水酸基についてBDEが算出されている. 4’位水酸基のBDE値が小さく, もっとも解離しやすいことがわかる (参考資料2).
クェルセチンは, フラボノール骨格に持つ物質. 配糖体または遊離した形で柑橘類. タマネギやソバをはじめ多くの植物に含まれる.
赤ワインやピーナッツに含まれる抗酸化物質.
Resveratrol
Sesaminのフェノール性水酸基はマスクされているので, 代謝産物が活性成分と考えざるを得ない. 事実, 動物の経口投与後の体内動態では, セサミンは肝臓でメチレンジオキシフェニル基が開裂してモノカテコール体およびジカテコール体に代謝され, そのままあるいはメトキシ化を受けた後, グルクロン酸抱合されて胆汁中に排泄されることが明らかになっている.
平成28年7月28日, 筑波大学は以下の内容の研究成果を報道関係者に公表した.
ごまセサミン代謝研究の扉 ― 開けゴマ!
~ゴマ由来生理活性物質セサミンを分解する微生物とその代謝酵素の発見~
研究成果のポイント
1. ゴマ由来生理活性物質であるセサミンを代謝する細菌を同定し、セサミンを分解して有用な抗酸化素材に換える酵素を発見しました
2. セサミンを分解する細菌の同定は初であると同時に、その分解酵素も新規なものでした
3. セサミンより強い抗酸化活性を示すセサミンモノカテコールとセサミンジカテコールの大量生産が期待で きます
筑波大学 生命環境系 小林 達彦教授の研究グループは、ゴマ由来の生理活性物質で あるセサミンを代謝する微生物を同定し、セサミンをセサミンモノカテコールとセサミンジカテコールへと変換する酵素を発見しました。セサミンモノカテコールとセサミンジカテコールは、セサミンより強い抗酸化活性を 示す有用な素材であることが知られています。
セサミンを分解する細菌の自然界からの同定は世界初です。さらに、本研究で得られたセサミン変換酵素SesAは、テトラヒドロ葉酸(THF)という補酵素を用いる反応によってセサミンに作用していることを解明しま した。THFを利用してセサミンを分解する酵素も世界初の発見です。 SesA酵素は組換え大腸菌を用いて大量に調製可能です。SesAを用いることで、水溶液中、温和な条件で効率良くセサミンからセサミンモノカテコール、セサミンジカテコールを合成する系を構築することができ ました。今後、両素材を大量に生産する扉が開かれることが期待されます。 本研究の成果は、2016年7月21日付「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」で先行公開されました。
微生物がもつ代謝酵素SesAによるセサミンの代謝, THF:テトラヒドロ葉酸 (図はそのままを引用).
詳細は参考資料3, 4, 5, 6を見てほしい.
今後の展開として, 代謝酵素の遺伝子を大腸菌に組み込むことにより, セサミンよりも活性の高いセサミンモノカテコール, セサミンジカ テコールを大量に生産する可能性が開けたと述べている.
参考資料
1) Tameichi Ochiai*, Rei FtljitKae,nichiroIwai,and Takahiro Hamamoto, Japanese Journalof Food Chemistry (JJFC), Vol. 10. 13-21(2003).
2) YUKIO MURAKAMI, AKIFUMI KAWATA, SHIGERU ITO, TADASHI KATAYAMA and SEIICHIRO FUJISAWA, In Vivo November-December 2015 vol. 29 no. 6 701-710. Free Full Text
論文タイトルl: Radical-scavenging and Anti-inflammatory Activity of Quercetin and Related Compounds and Their Combinations Against RAW264.7 Cells Stimulated with Porphyromonas gingivalisFimbriae. Relationships between Anti-inflammatory Activity and Quantum Chemical Parameters
3) ゴマに含まれるセサミンの血清中性脂肪・コレステロール低下の機序を解明 ...
4) サントリーのセサミンが機能性表示食品に、菌叢メタゲノムの早大ベンチャー ...
5) ごまセサミン代謝研究の扉 ― 開けゴマ! ~ゴマ由来生理活性物質セサミンを分解する微生物とその代謝酵素の発見~
6) ゴマに含まれる「セサミン」を分解する細菌を見つける | つくばサイエンス ...
7) Density functional theory study of the role of benzylic hydrogen atoms in the antioxidant properties of lignans. https://www.nature.com/articles/s41598-018-30860-5.pdf
8) ポリフェノール,化学反応を基盤とする機能性物質―抗酸化反応から成分間反応まで [化学と生物 53(7) 442-448(2015)]
(2019.3.16)