文化村クリエイション vol.1 黒田大スケ
展覧会「湖底から帆」

会期|2023年1月17日(火)−2月26日(日)*月曜休廊
会場|なら歴史芸術文化村 芸術文化体験棟3階 ほか
料金|無料

「文化村クリエイション」は、先進的なアーティストを招聘し、リサーチ、制作、作品発表を行うプログラムです。なら歴史芸術文化村がオープンした2022年3月からの2ヶ月間、1人目のアーティストとして美術家の黒田大スケ氏を招聘し、作品制作の為のリサーチを行いました。本展覧会では、そのリサーチを基に制作された新作を展示します。
今回黒田氏が着目したのは、なら歴史芸術文化村の周辺で第二次世界大戦の終戦間際に急造された「大和海軍航空隊大和基地(通称:柳本飛行場)」です。リサーチでは、現在は田畑や民家となっている広大なエリアに点在する飛行場の遺構を、先行研究や当時の航空写真等を頼りに探し歩きました。遺構を直接見て触れてまわることで体験として飛行場を身体化し、かつての景色やそこにいた人々についての実感を引き寄せることを試みたそうです。
これまで黒田氏は様々なリサーチを通じ、確かに存在するけれど、見えず忘れさられ無視された幽霊のような存在を見出し、姿を与えるように作品を制作してきました。本展で黒田氏は何を作品として作り出すのでしょうか。
本展覧会は、なら歴史芸術文化村を主な会場に、会期途中から他会場での展示を開始します。また、元飛行場の一帯を体感していただくためのイベントも予定していますので、ぜひご参加ください。

●会場1
なら歴史芸術文化村
1月17日(火)- 2月26日(日)9:0017:00

●会場2
天理駅前広場コフフン サイネージ
2月2日(木)- 2月26日(日)8:00-20:00

●会場3
Art Space TARN(天理市本通り商店街内)
2月11日(土)- 2月26日(日)9:00-19:00


■関連イベント 

●アーティストトーク
今回の作品について、黒田氏によるトークを行います。
  2月11日(土)13:0014:00
  2月26日(日)13:0014:00
会場|Art-Space TARN
定員|10名
*要申込

●散策ツアー
柳本飛行場跡周辺を歩いて散策しつつ、屋外で映像作品を上映します。

日程|
  2月24日(金)17:3018:30  *雨天のため中止
  2月26日(日)17:3018:30
集合場所|JR柳本駅改札口
解散場所|JR長柄駅徒歩15分程の地点にて現地解散
定員|10名程度
*要申込
*歩きやすく、暖かい服装でお越しください

申込はこちら

ビュー

京都市アーティスト・イン・レジデンス連携拠点事業コーディネーターである勝冶真美氏、展覧会レビューを執筆していただきました。リサーチ時のレポートも下部に掲載しています


「みえないものが、語ること

 

なら歴史芸術文化村(以下「文化村」)「文化村クリエイション」プログラムの最初の招へいアーティストである黒田大スケは、姿かたちの見えない事象にかりそめのかたちを与えて、私たちの現前に召喚させるような作品を発表してきたアーティストだ。個展「未然のライシテ、どげざの目線」(京都芸術センター、2021年)、「あいち2022」や「第25回ドマーニ・明日展2022-2023」(国立新美術館、東京)など近年活躍が目覚ましく、特に自身が学んできた「彫刻」を起点に、近代史に埋もれてきた彫刻家やその時代背景について、丹念なリサーチを通して制作している。

黒田は「湖底から帆」展に先立って、2022年3月~5月に文化村で滞在制作を行っており、そこから半年ほどを経てその成果を展覧会として発表した。会場が文化村、天理駅前広場コフフン、商店街内のイベントスペース「Art-Space TARN」と複数に分かれ、さらに今回リサーチの中心となったエリアを黒田と歩く散策ツアー内でのみ見ることのできる作品もあるなど、鑑賞者は展示を巡りながら、天理の街並みをもまた垣間見ることができるという構成だ。

 今回の滞在制作において黒田が主なテーマとしたのは、第二次世界大戦末期に海軍が現・天理市に建設したという大和海軍航空隊大和基地(通称「柳本飛行場」)にまつわる事柄である。一般的に奈良というとまず想像するのは第二次世界大戦よりもずっと前の、古代の風景のはずだ。天理駅の観光案内板でも、日本書紀にも記されているという山辺の道のハイキングコースや古墳群が紹介されていた。そんな中で黒田は、柳本飛行場の痕跡や、海軍が物資の保管場所として山の斜面に掘ったと伝えられる「穴」を探すことから、奈良という地の表象からすっぽりと抜け落ちる戦争の痕跡を掘り起こそうとした。ひたすらに山肌を歩き「穴」を探すリサーチの様子は、展覧会場でドキュメント映像としてみることができたほか、展覧会終了後も特設ウェブサイトで滞在日誌として読むことができる1。

展覧会の会場として筆者がまず訪れたArt-Space TRANでは、建物の正面を覆うように埴輪が大きく描かれていた。その目には小さな穴が開いていて、覗くと奥に設置されたスクリーンで映像作品を見ることができる。建物の内部には立ち入ることができず、外から穴を覗くのみ。こうした黒田がリサーチ過程で得た身体体験をなぞるような試みは、文化村3階のラウンジにひろがる段ボールや木材でくみ上げられた大きなタープテントのような形状の作品《帆》でも踏襲されていて、様々な穴のイメージが重ねられたり反転したりして造形されている。近年は映像作品を中心に発表してきた黒田の、彫刻へのルーツを感じる印象深い作品だ。

こうした身体感覚を揺さぶるような作品のほか、現地で拾った土器片から制作した作品群(《空襲警報をきいて、佐保庄のあたりで日照りのためほとんど赤茶けた野菜の葉の下に隠れる土偶》《長柄周辺で飛行場建設のために石を運ぶ14歳の少女埴輪》《枕木用の丸太を運ぶ10歳の少年埴輪。正面中央部の穴に実際の木の棒を入れて丸太にみたてていた可能性がある。》)や当時の関係者の手記から着想したという《出自不明の石室壁画。4匹の虎(いずれも白虎?)》が展示されている。長いタイトルが説明する通り、これらはいずれも一見考古学資料かのように見立ててその実フィクションという作品なのだが、この「本物らしさ」のふるまいは、これまでも黒田が一貫して注意を向けてきたことだ。語られることで湾曲していくこと、語られぬことで忘却されていくことの狭間で、私たちが時に見誤ってしまうかもしれない事実の存在を示唆する。

黒田といえば、主に近代の彫刻家について、黒田自身の顔の一部にその人物からイメージされる動物などをペイントし、「いたこ」のように黒田の身体を介してその人物が人生を語る映像作品を近年多く発表している。戦争をはじめ社会に翻弄されてきた人々の、小さな人生の選択が、丹念なリサーチにより露にされ、おかしみや悲哀を交えて語られる。その語り口に、時折演じる黒田自身がふと顔を出し、歴史と地続きの現在を否応なく自覚させられる。

本展でも同様のシリーズで映像が出品されている。《埴輪ソフ》と《埴輪ソボ》である。第二次世界大戦を経験した黒田の祖父と祖母の語りを演じたものだ。会場で配布されるパンフレットには「天理周辺の人々の戦争体験をもとに演じることを試みたが、なかなかうまくいかず、ひとまず祖父を演じた」との黒田による解説が付されている。正直で率直なこの作家の告白は何を意味するのだろうか。情報量が少なく人物像が浮かび上がらないということなのか、これまで演じた人物たちと異なり、彫刻という共通背景がないので自身に重ねるのが難しいということなのか。この一文がずっと気になりながら、その後の散策ツアーに参加していた。田んぼの中にひっそりと、壊されるでもなく、かといって碑が建てられるでもなく、現代の環境に全く異質なものなのにまるで存在しないかのようにただ佇み続ける防空壕跡を眺めながら、黒田を介して現れることのなかった、私の見知らぬままの誰かについて想像しようとしてみた。


勝冶真美(京都市アーティスト・イン・レジデンス連携拠点事業コーディネーター)

「湖底から帆」展覧会風景

左:《枕木用の丸太を運ぶ10歳の少年埴輪。正面中央部の穴に実際の木の棒を入れて丸太にみたてていた可能性がある。》
中央:《長柄周辺で飛行場建設のために石を運ぶ14歳の少女埴輪》
右:《空襲警報をきいて、佐保庄のあたりで日照りのためほとんど赤茶けた野菜の葉の下に隠れる土偶》 全て2023

《出自不明の石室壁画。4匹の虎(いずれも白虎?)》2023

Art-Space TARN展示風景

》2023

《出自不明の石室壁画。4匹の虎(いずれも白虎?)》2023


天理駅団体待合所モニター展示風景

《いつかのひこうき 奈良》2023

撮影:来田猛

リサーチ記録

黒田大スケによるリサーチ記録を掲載しています。随時更新中。(10月7日現在)

レポート

春のリサーチ期間中、京都市アーティスト・イン・レジデンス連携拠点事業コーディネーターである勝冶真美氏をお呼びし、プログラムの様子をレポートしていただきました。


「文化村クリエイションとリサーチ」

 

なら歴史芸術文化村(以下、文化村)が開村したのは2022年3月。パンデミックが起こる以前の2019年ごろから、奈良に新しい文化設ができるらしい、と聞いていた。精力的に各地の同等施設を視察されていた奈良県の方々にお会いしていたこともあり、その後コロナでどうなったのかと気になっていたので無事オープンというニュースは嬉しく、訪れることを楽しみにしていた。近年の文化施設は既存の建物の転用や再活用をしたものが比較的多いが、新築で、アーティストのスタジオだけでなく文化財修復施設や道の駅を併設し、ホテルも隣接するユニークな事業で、奈良県の意気込みが伺える。

私が最初に文化村を訪問したのは4月30日。京都からは電車に揺られて1時間ほどで最寄りの天理市に到着する。車で迎えに来ていただき(シャトルバスもある)、田園と里山が広がる、ゆったりと美しい風景を眺めているとほどなくして施設に到着する。こんもりとした丘や大きなため池を有する広々した敷地の中、文化財修復・展示棟や芸術文化体験棟、地元の農産物直売所がある交流にぎわい棟がぐるりと配置されている。芸術文化体験棟の2階はオープンテラスになっていて、絶景が広がる気持ちのよい空間だ。

 

「交流」を主軸においた文化村の多様な事業の中で、アーティスト交流プログラムとして実施されている「文化村クリエイション」は、先進的な取り組みを行うアーティストを招き、施設内のスタジオを拠点にリサーチと制作を行って最終的に作品発表を行う、というもの。初回のアーティストとして、黒田大スケさんが参加している。黒田さんはオープン直前の2022年3月下旬から5月上旬にかけて文化村に滞在しており、私も数日リサーチに同行させていただいた。

なら歴史文化芸術村に限らず、各地でアーティスト・イン・レジデンスとも呼ばれる滞在制作型の事業が行われている。いわゆる展覧会では、すでに完成している作品を通して鑑賞者が作品と出会うのに対して、滞在制作ではむしろ作品ができ上るまでの過程に主軸がある場合が多く、作品が作られる様子を垣間見たり、アーティストと人々が直接交流をしたりすることができるものとして、取り組みが進んでいる。

文化村クリエイションのプログラム説明文には「(中略)アーティストを招き、文化村の芸術文化体験棟 スタジオを拠点にリサーチと制作を進め、最終的に作品発表を行います。(中略)」とある。この滞在制作型のアートプログラムでよく聞くようになった「リサーチ」という言葉。実際のところ一体何をしているのかと思われる方もいるのではないだろうか。

黒田さんの場合、この滞在でのテーマは、明治以降の奈良の近代史、特に第二次大戦終盤に海軍が航空隊基地を大和平野に作っていたという事実を出発点に、さらに古代期には奈良は湖に覆われていたという歴史も重ね合わせつつ、今はみえない(ように思われる)ふたつの海について考える、というもの。黒田さんのスタジオには、歴史の本や新旧の地図などもたくさんあって、こうした文献を読んだり専門家に聞いて調べていく、というのも黒田さんにとって大切なリサーチだ。また、黒田さんは現地を歩いてその痕跡を探す調査もする。現地調査に同行した際に見た、古地図を片手にかつてあったはずの壕や海軍飛行場の痕跡を探して歩く黒田さんの後ろ姿は、事実を探し求めているというよりも、まるで自分の身体を介してその地からの声を聞く儀式のようにも感じられた。それこそ本人の言葉を借りれば、もぐらが憑依したかのような姿でもあった。

 

黒田さんは滞在中このようにリサーチをしていたわけだが、先のプログラム説明が「リサーチで吸収した種が、どのように芽を出し花ひらくのか、(中略)スタジオでの活動や試行錯誤の痕跡を公開することで、来訪者がアーティストに出会い、その思考に触れられる場の創出を試みます。」と続くように、「文化村クリエイション」で企図されているのは、このリサーチ部分を他者との接点へと繋げていく、ということだろう。

その試みとして、作品展示(2022. 3/21−5/8)、ワークショップ(4/30、5/3)、アーティスト・トーク(5/1)、滞在制作中のスタジオ公開(3/21-5/8)、さらに「ならもぐ新聞」という新聞の発行など、仕掛けがいくつも施されていた。これらを見逃したという方もぜひ特設ウェブサイト(本ウェブサイト上部)にある黒田さんの滞在記を読んでみてほしい。その軽妙な文章が黒田さんの魅力のひとつなのだが、そこには到着後の戸惑い、まさかのもぐらの登場によって啓明を得たこと、そこからふたつの海(奈良に湖があった頃のこと、海軍の基地があったこと)へと思考を巡らせた様子、様々な手掛かりや資料を求めて、天理の各地を訪れることなどが記され、まるで黒田さんの頭の中を追体験するかのようだ。

アーティストそれぞれに「リサーチ」の方法があり、その人ならではの独自の視点で、街が、歴史が、人が見つめられていく。今後も多くのアーティストが文化村を拠点にリサーチと制作を行っていくことで、彼らのまなざしが地層となって奈良の文化をより豊かなものにしていくのだろう。


勝冶真美(京都市アーティスト・イン・レジデンス連携拠点事業コーディネーター)

オープニング展覧会「もぐら、二つの海」

なら歴史芸術文化村のオープンに合わせ、2022年3月21日5月8日まで、黒田大スケによる展覧会を開催しました。詳しくはこちら。

もぐら、二つの海》2022

《いつかの飛行機》2017

もぐら、二つの海》2022

《いつかのひこうき 奈良》2022

撮影:来田猛

黒田大スケ プロフィール

1982年、京都府生まれ。広島市立大学大学院博士後期課程修了。彫刻家、橋本平八の研究で博士号取得。作品制作の他に展覧会の企画運営もてがける。アーティスト・コレクティブ「チームやめよう」主宰。現在、関西を拠点に活動。彫刻に関するリサーチを基に、近代以降の彫刻家やその制作行為をモチーフとしたパフォーマンス的要素の強い映像を制作、シリーズとして展開している。

主な近年の展覧会に、「どこかで?ゲンビ」 and DOMANI @広島「村上友重+黒田大スケ in 広島城二の丸」(2022)、「対馬アートファンタジア2020-21」対馬市,長崎(2021)、個展「祝祭の気配」トーキョーアーツアンドスペースレジデンシー,東京(2021)、「未然のライシテ、どげざの目線」京都芸術センター(2021)、個展「不在の彫刻史2」3331 Arts Chiyoda、東京(2019)、「瀬戸内国際芸術祭2016」小豆島旧三都小学校,香川(2016)など。今夏、国際芸術祭「あいち2022」へ参加予定。

黒田大スケ WEBサイト

文化村クリエイションとは

なら歴史芸術文化村では、様々なアーティスト交流プログラムを行っています。「文化村クリエイション」では、先進的な取り組みを行う多様な分野のアーティストを招き、文化村の芸術文化体験棟 スタジオを拠点にリサーチと制作を進め、最終的に作品発表を行います。
リサーチで吸収した種が、どのように芽を出し花ひらくのか、その過程には作品に必ずしも表れないたくさんの発想のかけらがあります。クリエイション様子や試行錯誤の痕跡を公開することで、来訪者がアーティストに出会い、その思考に触れられる場の創出を試みます。

文化村クリエイション vol.1 黒田大スケ スケジュール
2022.3.21-5.8      リサーチ、オープニング展示
2023.1.17-2.26    展覧会

なら歴史芸術文化村

〒632-0032 奈良県天理市杣之内町437-3
最寄駅|JR・近鉄天理駅         
天理駅より直行デマンドシャトル(有料) *デマンドシャトル詳細

TEL:0743-86-4420(代表)
開館時間|9:00-17:00
休館日|月曜日
※月曜日が休日の場合は翌平日が休館    ※レストラン・ショップは月曜日も営業
なら歴史芸術文化村Webサイト