そのひとは人工甘味料のにおいがする


無果汁なのに「グレープ」

とかって、毒々しくて少しかっこいいロゴで平然と名乗っている

そんな飲みもののにおいがする


炭酸なのか、微炭酸なのか、もう炭酸がぬけてしまっているのか、判然としない

だけど、はっきりしないから嗅げるにおいというものがあって

それを甘味料の残り香と呼んでいる


有機栽培の葡萄で丁寧につくられた天然度の高いジュースのおいしさなら知っている

葡萄が永い長い年月をかけて変身した極上のワインのひとしずくについてだって語ろうと

おもえば語れる


だけど、そういうものには決してない

甘味料のにおいが、そのひとにはある


なつかしくって薄暗くって

うしろめたくて後ろ髪ひかれる

甘いにおい


口をつけたら

にやっと笑うのか

あっかんべーって舌を出すのか

あっさり無視するのか

なにもなかったかのように通り過ぎるのか

どんなパタアンでもきっと納得してしまうんだ


だから

いまは口をつけずに

ただ嗅いでいたい

この甘味料のにおい


まだ逢ったことのないひと

井口理さん