きょうで文章教室40回め。
これはあくまでもリアル開催だけの数字で、コロナ禍にはzoomでのグループ指導や電話でのマンツーマン指導もカウントしないまま続けた。一番弟子は少し前、今日が50回めです、と伝えてくれた。それ以外の方への個人指導も含めると結構おこなっている。
ひとりで喋る、という意味では文章教室がzoomトークイベントの基本になっている。コロナ禍でzoomトークイベントを始めたのは、文章教室をリアルでできないもどかしさとも関係があったのかもしれないと今ならおもう。
文章教室は復活してから愛情が増した。夢中で連投していたあの頃よりも、現在のほうが「伝える」好奇心に満ちている。
zoomトークイベントは、俳優なり映画なりドラマなりと対話している。文章教室では、文章と対話している。どちらも声に出す、ということが重要で、その場かぎりの言語化は儚いからこそ、その作業に味が出る。
わたしは自分が書いた文章もすぐ忘れてしまう。読み直して、これ、ほんとに自分が書いたのか、と疑問に感じることも少なくない。推敲をほとんどしないので「その時」の自分の記録でしかない。
だから、zoomトークイベントも文章教室もそこで言ったことはすぐ忘れる。だが、参加者や受講者は憶えていてくれるようだ。
真剣に書いているし、真剣に喋っている。だから忘れてもしまうのだろう。
真剣に忘れる。
なんかいいな。自分の思考と戯れるのは好きだ。だがそうした遊びの感覚もすぐに忘れてしまう。乳児のように今だけを生きている。
文章教室は今日で第2期を終了する。先月の教室はとても面白かった。連続ドラマは大抵、最終回の一回前が面白くて、最終回はそれほどでもない。さてどうなるか。
真剣に忘れるために。恵比寿に向かう。