高校生のとき、寮生活をしていた。寮長はレスリング部の顧問もしているバリバリの体育 会系で、寮生全員による相撲大会が開催された。令和と違って昭和には参加拒否権はなく、どんなに運動が不得意でも強制参加だった。

場所はレスリング部の練習場。ビニールテープかなんかで円を描いて土俵にしていた。中高大の一貫校。中学の部、高校の部と大雑把に分けていたと思う。  

身長も低く、体重も今より10キロ少なかったので、どう見ても一回戦敗退のやせっぽち。
テレビで観る大相撲は好きでも嫌いでもなかったが、まわしのようなものをジャージの上からつけて、男同士組みあうことには嫌悪感しかなかった。イヤでイヤで仕方がなかったから、半ばやけくそみたいな気分が仕上がっていた。  

眼鏡をはずして、土俵へ。突進してきた相手をすっとかわすと、そいつは土俵の外に出た。 なにがなんだかわからないままの勝利。 

次の相手とはがっぷり四つになってしまった。だが、小兵が勝つためのなんとなくのコツ を掴んだらしく、相手がぐいと力を入れた際、それを外すことが考えなしにできた。力に対 して力でぶつかるのではなく、そのパワーの行き場をなくさせる。バランスを崩した相手を 倒すのは、難しいことではなかった。おそらく相手は、なぜ自分が負けたか理解できなかっただろう。だが、二勝目のわたしには確かな手ごたえが生まれていた。人間は力を込めた時、 無防備になる。狙うならそこだ。  

三戦目は手強かった。スピード感に圧倒されたが、わたしの手口は悟られていないと信じた。土俵際に追い込まれたが、どうにか踏ん張り、チャンスを待った。体力ギリギリのとこ ろで、いまがその時だ、という瞬間が訪れ、相手の身体を離した。かさぶたが取れるように、相手は転び、土俵の外に散った。  

もう一戦したかどうか記憶にない。とにかく決勝戦まで行って、負けた。完敗だった。おそらく彼は、それまでのわたしの取り組みを見て、すべて熟知していたのだろう。待つタイミングは与えられなかった。  

悔しさはなかった。それよりも、なんらかのコツを手にした実感だけが残り、なかなかの 高揚感だった。  

人は、ある時、ふと確信を掴むことがある。それは願って得られるものではないし、その 後に継続できるものでもない。だが、たとえその時だけだとしても、予想しなかった何かが 降りてくることは現実にあるのだ。