窓の脇に腰かけた、逆光の中の黒人青年。
精悍であり優雅でもあるその躰は、ファッションモデルを思わせた。
ここはパリなのだから、実際モデルだったのかもしれない。
驚かされたのは、彼がそこで本を読んでいたことだ。
なにしろ、世界で最も著名な美術館。
カフェスペースや休憩場所ではない、すぐそばでは名画の数々が展示されている。

堂々と、というより、ごく当たり前に、読書しているその姿は、雑誌撮影?というゲスな勘ぐりをあっさり放棄させ、ずっと前からここに存在している「生きた彫刻」のようだった。
じっと見つめるが、微動だにしない。
こっそり撮影する誘惑に駆られた、美術館自体は撮影が許されていたから。
しかし、赤の他人にスマートフォンを向ける無礼より、美しい猫がカメラを向けた途端、逃げ出してしまうことを思い出し、この魔法を解いたら一生後悔すると踏みとどまった。

彼は頁をめくることもなく本だけを眺め、わたしはそんな彼を凝視した。
ごく数秒のことだったが、永遠の美を手にして、そっと立ち去った。

三週間ものパリ出張の合間、幾つものミュージアムをまわり、最高峰のアートにふれた。
念願のフレンチレストランでは、あまりの美味しさに涙した。
エッフェル塔や凱旋門、シャンゼリゼ通り、ヴェルサイユ宮殿より、パリの街並み、広い歩道に感動した。

しかし、あの青年が記憶の粒子に焼きつけた、景色としての肖像画ほど、恋慕させ、パリへの帰還を促すものはないのである。