映画にでてくる女性は、ヒーローの隣に相応しく、若くて美しい。40代以上になった女優さんは大抵、キャリアウーマン役かお母さん役をやるものと相場が決まっている。そうでなければ、不倫しているか。女優に求められる役割はステレオタイプ。


メリル・ストリープがカンヌ国際映画祭で名誉パルムドール賞を授与された時の動画を、YouTubeで観た。「3人の子どもを持つ自分のキャリアは、40代を前に終わると思っていた」と語るメリル。ハリウッドを代表する名女優が言うのだから、歳を重ねた女優さんに求められる役への「圧」は、世界共通なのかも。


でも、わたしのまわりにはあんなキャリアウーマンも、あんなお母さんもいない。

お話の中にしかいない、完璧なキャリアウーマン。完璧なお母さん。

若いときは恋愛してなくちゃいけなくて、年を重ねたらどちらかの道を選んで完璧でいろと言われているような気がして、息がつまる。


ふとしたことで上司や部下に嫌われたり、頼られたり。

ふとしたことで夫と喧嘩したり、惚れ直したり。

今を生きる女性は、仕事して、悩んで、恋して、イラっとして、愛して。

とりどりのグラデーションでできているのに。


2025年2月、1本の映画が公開された。『ファーストキス』。18歳年の差がある俳優で演る夫婦の恋愛もの。固定観念に抗う意欲作だ。主人公は硯カンナ。事故で亡くなった倦怠期の夫・駈を助けるためにタイムトラベルを何度も繰り返し、出会い直し、若き日の彼に再び恋をする。


「恋愛感情と靴下の片方は、いつかなくなります」そう言っていたカンナ。

「だいじょうぶ。未来は変えられる」一対の靴下で居続けるために、何度失敗しても時空を超える旅を繰り返す。

その果てにふたりが行き着いた結論。きっとわたしが日々重ねている、喧嘩したり惚れ直したりを駈とカンナも繰り返し、毎日を過ごしたのだろう。涙が止まらなかった。


『ファーストキス』の硯カンナは、完全無欠からほど遠くて、にんげんくさい。そこがとてもチャーミングで愛おしいのだ。こんな女性が主人公の作品、他にあっただろうか。思い当たらない。絶海の孤島だ。


『ファーストキス』が、めずらしくなくなる日。

その日が来るのを、わたしは待ちわびている。