夏休みまっただ中の土曜日、3か月ぶりに予約した美容室へ向かっていた。道路に差し掛かるとクマゼミの大合唱が遠くなり、ひっきりなしのエンジン音が近づいてくる。20メートル先の歩行者用信号が鳴いている。カッコー、カッコー。歩幅とリズムを上げて、前の人を追い越す。
片側2車線の国道の向こう側には、地下道を通らないと渡れない。刺すような日差しからようやく逃れられて、一息。壁に貼られた近所の高校生の書を順番に眺める。流れるような字体の「雪月花」。風が吹き抜けた。地下道を出るまでの十数秒、焼かれた頭のてっぺんから、ほんのちょっとだけ熱が引く。
地上に出て、まっすぐ進む。美容室の向かいに、いつも行列の美味しいとんかつ屋さん。暑くたって列は長い。ハンカチを手にしかめ面のおじさん、スマホとハンディファンを器用に持ちながらメッセージを打つ女の子、お腹がすいて開店を待ちきれなさそうな男の子。「暑いね。お先に」。心でつぶやいて美容室に入る。程よく冷えた空気が頬を撫でる、汗が引いていく。
カットとカラーの予約をしてあった。汗をかくと濡れてクルクルと癖が出る髪を、伸びた分だけ切ってくださいとお願いする。襟足は短め、サイドは耳にかけられる長さがお気に入りだ。
今日は髪の色、どうしますか?
少し明るめにしようとスマホに保存しておいた写真を見せる。思い切った色。派手すぎるかな。美容師さんと相談して、今よりワントーンだけ明るくすることに決定。
まずはポイントカラーからだそう。さて、今日はどの雑誌から読もうか。目の前に置かれたiPadを人差し指でスクロールする。お、シネマスクエアがあるじゃん。表紙をタップする。目次をざっと見ながら、どこから読もうか悩む。
ゆっくりでいい。2時間半のリラックスタイムはまだ始まったばかりなのだから。