メールボックスに「模試成績表示開始のお知らせ」の文字。開いてリンクをタップ。IDとパスワードを入力。大学入試共通テストの模試があったらしいことを予備校からのメールで知る。
画面を一瞥してスマホを置く。包丁でナスを切る。
仕事が終わったのはついさっき。在宅勤務だからと油断していたらこんな時間。急いで夕食の支度をしていると、「ただいま」が玄関から飛んできた。「おかえり」。矢継ぎ早に「模試の結果見た?」
「見たけど…?」
「え?それだけ?」
拍子抜けした顔。これまでC判定だったのがB判定になったのにと不満をこぼす。さっきのページをわざわざ自分のスマホで見せる。鼻先に突きつけられた画面はひび割れている。
「すごいね」。手を止めずにそういうと、鼻の穴を膨らませ満足げな顔を返してきた。
「お腹すいたでしょう?ご飯もう少し待ってね」
言いながら、自分が受験生の頃を思い出していた。B判定なんて好成績、取ったことあったっけ。いや、それより模試の結果を嬉々として親に知らせたことなんてあったっけ。
いくら思い出そうとしても、あの頃ずっと聴いていたDreams Come Trueの「雪のクリスマス」ばかり頭に浮かんでくる。
私が見えているものすべて
大好きなあなたにも見せたい
歩道の石に重なる白が つぶやきを消してく
ちいさく口ずさむと、現実に背を向け曲の世界にダイブばかりしていた10代終わりの自分が見えた。背中をそっと撫でる。
「お腹すいた。ねえご飯まだ?」
ナスと豚肉の炒め物、大根の味噌汁、山盛りの白いご飯まであと10分。
わたしの背中が遠ざかる。
もうちょっと、もうちょっとだから。
いまとまっすぐ向き合える目の前の少年が、少しだけまぶしかった。