本はわりと読むほうだ。だが、誰かにすすめた覚えがない。

読書はわたしとほかの世界をつなぐ扉で、大切にしたいつながり。ほかの人と共有するなんて考えたこともなかった。


ダニエル・キイスの小説『アルジャーノンに花束を』を読んで、途中からずっと泣いていたのは中学生の頃だったか、高校生だったか。なぜあんなに泣いたのかはすっかり忘れてしまったけど、感情のうねりの跡はずっと頭の隅にあった。


2023年に上演されたミュージカルが、忘れかけていた記憶を引っ張り出してくる。

また、読んでみよう。文庫の新版を手に取った。


知的障碍のある青年チャーリイ・ゴードンが脳の手術を受け、いったんは高い知能を得て天才となるが、再び知能レベルが後退していく。それだけの物語だ。もちろん、チャーリイの感じた孤独や不安や絶望感が描かれてはいる。だが再読してみて心に刺さったのは、彼の心の折れ線グラフではなかった。


手術を受ける前も後も、チャーリイの本質は何も変わっていないのだ。彼は純粋に、愛されたかっただけだった。妹のノーマや働いていたパン屋のほかの従業員と同じように、にんげんとして扱ってほしかっただけなのだ。


チャーリイの渇望は、知能の低下とともに意識下へ沈んでいく。そして満たされることなく、物語は終わる。目の奥が熱くなる。


中高校生のわたしが流した涙と、いまのわたしが流した涙は、きっと同じものじゃない。30年の時を経て再び開いた扉の向こうから、語りかけられた気がする。今度はだれかに話してみたら?と。