子どものころ、童話『ジャックと豆の木』が好きだった。


といっても、話の内容はほとんど記憶にない。

本に描かれていた、雲の上のお城がとても素敵だったのだ。

自分以外は誰も来ない、ふかふかの雲の上にあるピカピカの場所。

あんなところでおいしいものを食べて、お昼寝出来たら最高だ。いつか行ってみたい。

なぜかお話そっちのけで、そればかり考えていたことを覚えている。


今回、「いま、行きたいところ」と言われて真っ先に思いついたのが、あのお城だった。

なんとなく、『ジャックと豆の木』をまた読みたくなって、本屋に行ってみた。

立ち読みした絵本の1ページが、時間を戻す。

ひとりで舌鼓を打ち、まどろむ大人の私がやってくる。


何となくついてきた息子に声をかけられて、はっと我に返る。

聞いたこともないタイトルの漫画を手渡された。レジに並んだ。


家に帰れば、キッチンには洗い物がある。

自分が食べてしまったくせに、お菓子がもうないとこぼす娘がいる。


向き合わなくちゃいけない現実のもろもろを片付けた後、今日は本を読む時間があっただろうか。

どこか素敵な場所へ連れて行ってくれそうな本はあっただろうか。

家の本棚に並んだ背表紙を思い浮かべる。


雲の上のお城は、いまも自分の中にある。

本を手に取りページをめくれば、いつでもそこに行ける。それなら。


そうだ。息子に買ったこの漫画は、どこへ連れて行ってくれるだろうか。