朝7時半。誰もいないグラウンドを走っていた。リズミカルな呼吸、砂を蹴る音。近所のおじさんが犬の散歩にやって来た。1周、2周、3周。5周を過ぎたあたりで誰かが登校してくるのが目に入る。さて、そろそろシュート練習をはじめよう。昨日より1本でも多く決めるぞ。少しずつ出来るようになることが増えていく。おもしろい。
「ねえ、バスケやんない?」
「……え? いま、何て?」
たくさんのジョッキの向こうに、麻婆豆腐とエビチリ。さっきまでそこにあったきゅうりのサラダが見当たらない。そうか。神田の中華料理屋にいたんだっけ。高校時代の部活仲間と当時の顧問の先生とで、ワイワイやってたんだった。
「聞いてた?バスケやろうよ。年末」
空耳じゃなかった。マラソンをずっと続けているという奴もいれば、チームを作ってシニアのバスケ大会に参加しているという猛者もいる。中年のオジサンなのに、体型は高校時代のまま。そっちはいいかもしれないけど、こっちは体型も体力もあの時とは全然違う。
「無理に決まってるじゃん」
「え〜?良いじゃん。やろうよ」
先生がダメ押しする。「俺、死ぬ前にもう一度バスケしたい。お前たちと」あっさり敗北。
16歳のわたしへ。
きみが毎朝早くから個人練習なんかするもんだから、30年以上経っても「やろうぜ」と言えばノッてくれると思われてるよ。弱小校なのに、そこまで頑張る必要あった?適当にやっときなよ。
ちょっと走っただけで息切れするこんな状態で、走りっぱなしのスポーツなんて。このままでは大怪我をしてしまう。まずい。
慌ててランニングの本を買って読み、短い距離から走り始めてみた。
まずは2キロほどのウォーキングコースのうち500メートルだけ。3週間後、走れる距離は1キロを超えた。一旦歩きながら息を整えたあと、また走る。少しずつ息も上がらなくなっていく。ランニングシューズを買ってみたら、感動的にラクになった。楽しい。
16歳のわたしから、返事が来た。
51歳のわたしへ。
適当にやっとくなんて、出来るわけないよ。つまんないもん。