親には申し訳ないが、物心のついた頃から自分の名前が大嫌いだった。姓も名も。


「松田」は奈良の近所のおっちゃん、おばちゃんから「まった君」と呼ばれる。道を歩いていると「まった君、おはよう」と挨拶されるのが恥ずかしい。響きが芋っぽいし田舎臭くいし、実際に田舎者なので余計に烙印を押されたようで下を向いてしまう。


なにより「光正」の名前がイヤだった。自己紹介すると「ミツマサ?武将みたいやな」と即座に返ってくる。それが嫌味ではなく条件反射の心の声だから余計にグサッときた。君付けすると「ミツマサくん」と6文字になり、自分でも舌を噛みそうになる。あだ名の「みっちゃん」は女の子みたいで恥ずかしい。


双児の弟は「よしお」。江戸時代臭くない。


劣等感で人生をスタートした自分がインターネットで最初に検索したのは改名の方法だった。日本は15歳になったら元服して本人が自由に名前を変えるべきだし、ジェームズ ”バイロン” ディーンや、エルネスト”チェ”ゲバラのようにミドルネームがあればいい。


とにかく字面や意味よりも「響き」。ナイキ、ディオールが好きなのも中身ではなくブランド名のカッコよさ。新宿に住んでいるのも居住地を聞かれたとき「シンジュク」と答える旋律が心地よいからだ。


そんな自分に転機が訪れたのは高校生3年生。たまたま深夜に観たドラマ『探偵物語』で松田優作に心酔し、世界一誇らしい苗字に変わった。


そして高校の担任が生徒を下の名前で呼ぶひとで「みつまさ」と言い続けてくれたことで「案外いい名前かな」と思えた。他人と違うことに快感を覚え始めた時期でもあり、珍しい名前に優越感が持てた。魔法にかけてくれた担任は『I Put a Spell on You』のスクリーミン・ジェイ・ホーキンズ。


あの日が自分にとっての卒業式。本名に誇りを持てたからこそ、ライター名は故郷を英字にしている。これが自分のミドルネーム。


YAMATO