子どもの頃から自分の本名が大嫌いだった。苗字も名前も。

中学生のとき、我が家にWindows95なるものが入ってきて初めてインターネットで検索したのは《改名の手続き》だった。

結局よく分からなかったが、授業中も6階の校舎から大阪ミナミの風景を眺め、将来どんな名前にしようか思案していた。諸星や伊集院がカッコいい。でも自分らしくない。絶対浮いてしまう。

奈良は好きではないが、旧国名は大好きだ。「大和は国のまほろば」。なんと麗しい響き。字面もいい。同郷の英雄はヤマトタケル。双子という共通点もある。麻布台ヒルズに「山都」という蕎麦屋さんがあるので行ってみたいが、やはり「大和」がいい。

33歳でライターのアルバイトを始めて1年が経ったとき、自分の書いた記事から大きな売り上げが出た。次第に重要な仕事を任せてもらえるようになり、編集長から「署名記事にするからペンネームを考えてくれ」と言われた。実名でも構わない。

高校3年生のとき松田優作のおかげで苗字を好きになり、生徒を下の名前で呼んでくれる担任のおかげで名前も好きになっていた。ペンネームではなく実名にしたかったが、毎日のように誹謗中傷を書かれる2ちゃんねるがあった。SNSの投稿やblogが癪にさわったらしい。会ったこともない人から罵詈雑言の嵐。前職のスポーツ新聞のアルバイトも脅迫電話でクビになっていた。実名は会社に迷惑がかかる。

あの名前の出番だ。表記は<大和>にしたかったが、だいわと読むひとも多い。ヤマトは軽すぎる。

「YAMATOでお願いします」

しかし社内の誰からも理由を訊かれず、社長から女子大生まで全員が「松田さん」。モヤモヤしていた。

転機は令和元年の11月。文章教室で初めて「YAMATOさん」と呼んでもらった。命名から2年かかったが大好きになった。名前は呼んでもらって初めて名前になる。

今では7年の付き合いになるが、ペンネームではなく、もう一つの本名。いや、本名より大切な名前。会社員を辞めて独立するとき、友人から「実名で活動しないの?」と訊かれた。もう2ちゃんねるも誹謗中傷もない。でも迷いはなかった。僕はYAMATOだ。