数年前までボクシングにハマり、同郷の村田諒太の試合をすべて会場で観ていた。2016年に上海でノンタイトル戦が決まり、ついに海外かと武者震い。
行くのは簡単だが、問題は試合のチケット。試合が近づいても情報がなく、帝拳ジムに電話で聞いても「海外の試合は関与していない」と突き放される。中国に詳しい友人に調べてもらうと、チケットは販売していないと言う。そんなはずないだろう。飛行機と一泊の安ホテルだけ予約して東京を出た。
羽田から愛知セントクレア空港で乗り継ぐと席はガラガラ。ラッキーと思って座ると、女優の宝生舞に似た人が通路を挟んだ席にやってきた。大きなバッグを荷物棚に揚げ、着席すると何か中国語で話かけられた。「ソーリー、アイムジャパニーズ」と言うと「あなた日本人?」と中国訛りの日本語。隣の席に座ってきて会話が始まった。人との出逢いは国内より海外旅行のほうが多い。
年は向こうが2つ下。三国志で有名な赤壁の生まれで、中国の旧正月だけ里帰りするらしい。大きな荷物は親戚一同にiPhone8を爆買いしたもの。中国に何しに行くのか訊かれ、ボクシング観戦と答えると「そんなひと初めて」と微笑む。しかしチケットを入手できなかったと話すと急に表情が曇り、「大丈夫なの?あなた中国は初めてよね?」と深刻な声に変わる。「会場への行き方はわかる?」「ホテルは取ってるの?」など母親のように心配しはじめ、「わたしが言うのも変だけど、中国の人は外国人に親切じゃない。心配ね。一緒について行ってあげたいけど」
しばし沈黙。そして彼女はiPhoneを取り出してLINEを開き「困ったことがあれば、すぐに連絡して」とIDを教えてくれた。名前を見ると李梅。リー・メイさん。
「どうして、そんなに親切にしてくれるの?」と訊くと、「あなたが日本人だから」
3年前に日本に働きに来たとき、愛知にいる知人の住所に辿り着けず途方に暮れていると、見知らぬ日本人が目的の家まで案内してくれた。だから日本人が困っていたら今度は自分が助けてあげようと思った。
見知らぬ日本人のおかげで、見知らぬ中国人から親切をもらう。だから、いつか日本で困っている人がいたらLINEに2人目の中国人を加えようと思う。理由を聞かれたら、こう返す。
「あなたが中国人だから」