会社員を辞め、物書きとして独立してから時間の境界が崩れた。毎日が日曜日で、毎日が平日になった。スマホのアラームは仕事の始まりも終わりも告げない。
自費出版で書籍を放流すると周囲から羨ましがられるが、難産だからこそ読んでもらえないと、この世に自分なんかいらないなんじゃないかと思う。SNSでは明るい言葉を連ね、人と会うときには笑顔を絶やさない。「充実してますね」「絶好調だね」と言われるが、独りでいるときの口癖が「クソが!」になった。
コワーキングスペースから人がいなくなる日曜に仕事すると、少しは優越感を覚える。しかしパソコンを何度リロードしても書籍の売上はゼロのまま。毎年の確定申告は赤字。手応えのない執筆活動は虚無感を募らせる。「2ちゃんねる」にボロカスに誹謗中傷されていた会社員時代のほうがマシ。ナニクソと生きている実感があった。日曜を望んでいるのに日曜が来ると堕ちる。新宿という華やかな街に住んでいるのに、心は壊れてしまった。
昨年のクリスマイヴ、大好きな日本映画の主演俳優からTwitterのDMでお酒の席に誘われた。きっかけは『シネマの流星』というブログに書いた映画評。最初は大人数だったが、3軒目からゴールデン街で監督と男3人ジン・トニック。「2月2日の日曜日、吉祥寺アップリンクの再上映に向けたレビューを書いてくれませんか?」と頼まれた。映画の執筆を依頼されるのは初めて。しかも令和の6年間でいちばん好きな映画だ。悪夢のち晴れ。フランク・キャプラのようなシナリオが舞い降りた。
2022年に生まれた『めためた』は公開後、まだ満席になったことがない。埋め尽くされた劇場は主演俳優と監督の夢。ふたりからのクリスマスプレゼントに応えたい。文章の力で動員を増やしたい。
フリーランスになって初めて誰かのために存在する日曜日。これまででいちばんの難産だ。この仕事が終わったあとに飲む酒は、きっと旨いだろう。それまでは「クソが!」を繰り返しながら、新宿の片隅でコンビニワインと向き合う。