早稲田からの自転車通勤の帰り、大久保通りの24時間営業のネパール料理屋を通過する。ダルバート(ひよこ豆のカレー)の香ばしい誘惑を逃れ、ローソンを左に曲がると蜀江坂(しょっこうざか)に入る。北新宿はかつて、蜀江山(しょっこうざん)と呼ばれていた。
自分の影を見ながらゆっくり坂道を下ると、西新宿の高層ビルが顔を出す。航空障害灯の赤い点滅は「おかえり」のサイン。新宿は今日も生きている。8年前、故郷の奈良から上京したときは、ずいぶん高く見えた。
週2回通うコインランドリーが近づくと、摩天楼を従えた都庁がドンと現れる。ブルーのライトアップは青の宇宙。太陽よりもまぶしく、月よりもやさしい。
上京してからは年に4回、この展望台に登った。Mr.Childrenの『Tomorrow never knows』を聴きながら、夕陽に染まる街を5分間だけ眺める。
夜を迎え、新宿が新宿らしさを取り戻すと、45階にあるイタリアン『グッドビュー東京』へ。スポーツニッポンの校閲でアルバイトをしながらライターを目指していた自分への3,500円のご褒美。カウンターにひとり腰掛けながら、前菜、パスタ、肉料理の3品で明日を鼓舞する。
4年前、ライターになり、休日に無謀な登山を繰り返すようになってからは、足が遠のいてしまった。3,500円をためらいなく払えるようになった虚しさなのか、財布に情熱しかなかったあの頃の自分に勝てる気がしない。
次に行くのはフリーランスのライターになったときだろうと思っていうち、2年前の4月30日にグッドビュー東京は閉店した。
いま45階に何があるのか気になるが、何かが終わりそうで、何かが始まってしまいそうで、いつも中央公園から都会の山を見上げている。