何十年も前、学生の頃は月に2回は歌舞伎座に通っていた。
歌舞伎座の3階と言えば、当時は4000円で5時間、1時間あたりなんと800円で人間国宝が観れるというお得な席だった。
高校2年から通い始めて5、6年。
もはや歌舞伎座3階は私の憩いの場。
その3階の片隅には喫茶店コーナーがあった。
この喫茶コーナーにいる方々は歌舞伎の通が多い。
世間知らずの学生はそんな人達に混じってコーヒーとカレーライスを食べる。
たまに、一人で来てるの?なんで観るようになったの?宝塚は観ないの?などと話しかけられたりもする。
ずいぶん変わった子に見えただろう。
幕間にここに駆け込んで食べて席に戻るのが普通、でも戻らずに話している方もいて。
先代の勘三郎はどうだったとか、この頃の団十郎はこうだとか、やっぱり○代目の〇〇には敵わないとか。
人のいないロビーに響く舞台からの音。喫茶コーナーだけ、話し声がする。
とても魅力的に思えて、私も何度か真似をした。
ここのカレーは具はあまりなく、でもスパイシーで、いかにもカレーライスですよ、というオーソドックスなオーバルの器に入っていた。
大人の中で食べるカレーライスは歌舞伎座に行く時の楽しみの一つになった。
歌舞伎座は建て直されることになった。
新しくビルになった歌舞伎座は前にそっくりで、前の歌舞伎座じゃなくなったという寂しさは思ったより感じられなかった。
ただ、喫茶コーナーは復活しなかった。
でも、その方が良かったのかもしれない。
あの時の思い出はあの時のままで。