<語句の解説>
those who... : これまでの講座でもよく出てきた言い方。「…する人々」
renew : = remove something that is old or broken and put a new one in its place <LDOCE> 古くなった、または壊れたものを新しいものと取り替える
strength : strongの名詞形。「強さ」
soar : = fly, especially very high up in the sky, floating on air currents <LDOCE> 飛ぶ、特に気流に乗ってかなり空高く
on wings : 翼で
eagle : 鷲
grow weary :かなり疲れる
faint : = feeling weak and as if you are about to become unconscious because you are very ill, tired, or hungry <LDOCE> 疲労と空腹で具合が悪いため意識がなくなりそうなくらい弱い気持ちになる
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同年代の友人からの年賀状に、「まあまあ元気にやってます」とか「◯◯の治療をしましたが、今は元気になりました」とか、いやおうなしに少しずつ衰えが見える自分の健康に言及するコメントが添えられることが多くなった。そういう自分も、そんなコメントをしたためて投函したことを覚えておかしくなったりする。
聖書の中の有名なこの聖句は、読むたびに気持ちをrenewしてくれる。私たちの心は、さまざまな原因で疲弊したり壊れたりしてしまう。この聖句を読み、神のことばに望みを置くとき、私たちはrenew our strengthできるのだ。時には文字通り肉体をも。そして、私たちの内に、新たなエネルギーが湧き出てくる。
年末でなくとも、何かと気ぜわしい毎日を、仕事や世事に忙殺されているのが私たち。もともと心配性の私の心にも、思い煩いが次から次へとわいてくる。それでも、あたかも心の平静が保たれているかのように生活していると、そのうち疲れ果ててしまって、身も心もどん底に落ち込んでいく。そんな時、聖書の中にある慰めの主のことばが私の魂を生き返らす。魂が生き返ると体も生き返る。
<語句の解説>
thought : 単なる「考え」「思考」「思想」などという意味ではなく、「何かについてあれこれ心配し思い煩うこと」(a feeling of worrying or caring about something [LDOCE])たとえば、You are always in my thoughts.と言うときのthoughts。この文は「いつも気にかけていますから、達者でいてくださいね。」のような意味。
multitude :数が多いことを表す語。multiはmany/muchの意味の接頭語。[Online Etymology Dictionary] in the multitude of ~ は、「~がたくさんある中で」の意味。
comfort :「慰め」。この語の中にfort(砦)という語があるが、砦のような強さをもたらしてれるものを表している。[Online Etymology Dictionary]
先般の講座で、Are the drinks in the refrigerator complimentary?という文を覚えていただいた。この中の ”complimentary"という語には思い出がある。それは、ロンドンのホテルで"Complimentary drinks are available" の張り紙を初めて見たときのことだ。その当時、"complimentary" という語には、「お世辞の」とか「賛辞の」という意味しかないと思っていた。それで、"complimentary drinks" というのは、「おいしい飲料水」のことなんだろうなあと誤解してしまったのだ。"complimentary"が「無料」を意味すると知ったのは、しばらくしてからのことだ。"free drinks" とでも書いておけばいいのにと勝手なことを思ったものだった。先日のバイブル英語講座を受講していた方が、"drinks" を使わない、"complimentary beverage" というフレーズを見たことがあると言ってくださったが、確かにそのとおりで、"free drinks" よりも上品な言い回しと感じられる。
やっかいなのは、"complementary"(「相互に補完的な」の意味)という語もあることだ。"i"と"e"が違うだけで、発音は全く同じなので紛らわしい。さらに、"free"も注意しないと、たとえば "sugar-free drinks" となると、「砂糖がおまけの飲み物」ではもちろんなく、無糖飲料のことだ。英語もなかなか一筋縄ではいかない。 <2019年10月10日>
イザヤ46章3~4節に、
「ヤコブの家よ、イスラエルの家の残ったすべての者よ、生れ出た時から、わたしに負われ、胎を出た時から、わたしに持ち運ばれた者よ、わたしに聞け。わたしはあなたがたの年老いるまで変らず、白髪となるまで、あなたがたを持ち運ぶ。わたしは造ったゆえ、必ず負い、持ち運び、かつ救う。」(口語訳)
という言葉がある。
9月1日の礼拝で、牧師が引用した聖句だ。紀元前587年(この年代は、『いわな(587)いこっちゃない』と覚えればいい、とかつて教えられた)にユダ王国から連れ去られてバビロニアで捕囚の民となった、ユダヤの人々。彼らはその50年後に、ついにペルシャのクロス王によって解放された。このことを背景にしたのがこの言葉。捕囚という困難の中にいた民を、神は決して見過ごしにしておられたのではなく、神はしっかりと「持ち運」んでくださっていた、という御言葉である。
口語訳で「持ち運ぶ」と訳しているこの部分を、英語の多くの訳は、carryとしている。たとえば、NIVは、
“Listen to me, you descendants of Jacob,
all the remnant of the people of Israel,
you whom I have upheld since your birth,
and have carried since you were born.
Even to your old age and gray hairs
I am he, I am he who will sustain you.
I have made you and I will carry you;
I will sustain you and I will rescue you.
という具合だ。
でも、説教をききながら、私は、carryではなく、bearという動詞を考えていた。bear の語源は、「持ち運ぶ」と言われている。それが、「出産する」という意味となり、さらには「支える」とか「耐える」の意味となる。(Old English beran "to carry, bring; bring forth, give birth to, produce; to endure without resistance; to support, hold up, sustain; to wear" 「https://www.etymonline.com/word/bear」より引用)
神は、私たちを「生れ出た時から」「胎を出た時から」「年老いるまで変らず」「白髪となるまで」「持ち運」んでくださっている。それは、神が私たちを「造ったゆえ」だという。そして、「必ず」最後まで責任を持って「持ち運」んでくださるというのだ。
「白髪とな」っている今の私がこれまでの人生を省みると、目も当てられないような愚かなことを、何とたくさんしてきたことか。そんな私を神が「持ち運」んでくださっていたというのだ。それは、神にとっては、「耐える」以外のなにものでもなかったのではないか。
英語のbearという語が、まさに、この聖句そのものを表しているようだと思いながら、説教に聞き入っていた。 <2019年10月3日>