祝詞作文資料

苗代清太郎『軍事祝詞大鑑 上巻』(抄)

解題・凡例のようなもの

   筆者・苗代清太郎について


 筆者については不明な点が多いものの、分かる範囲で以下に述べる。

 苗代清太郎は明治37(1904)年3月2日、大阪府生まれ。

 父・清七は天理教信者で大正3年、豊生宣教所の設置に携わった。これは現在、名前を変えて大阪府箕面市に現存している。

 もともと向学心が強く、大正11年(1921)大阪府立茨木中学校を卒業、上京して國學院大學予科に入学、のち同大学国史科に進んだ。

 義務教育は小学校までの時代。教会の子弟に学問はいらないと非難されつつも、親は苦しい生活の中から何とか学資を捻出したようである。

 その甲斐あって卒業後は中等学校歴史科の教員免許を取得するかたわら、当時の天理教の資格、権訓導を得る。

 だが、教員にもならず、天理教の布教につとめた形跡もない。昭和25年と同28年には参議院選挙に出馬、いずれも落選しているが、これは終戦後の世相の変化の中で、政治活動を志向したものであろう。

 苗代の本業は、やはり著述業といってよい。

 ところ戦前と戦後とで扱う素材に、はっきりと変化があるのが興味深いところだ。

 著作物の題名をあげると戦前は『最も分り易い祝詞綴り方』『軍事祭霊祝詞』『軍事祝詞大鑑』『大東亜戦争諄辞集』と祝詞に関する著作のみである。

 これが戦後には『古事記の謎』『純正古事記』『古事記大鏡』『謎の万葉集』『元暦・万葉集』と、古事記や万葉集へと興味が移行していった。

 そのかたわら同人雑誌『肇国』を発刊、その奥付を見ると発行者の所在が東京都浅草桂町(現在は蔵前)となっているので、戦後は同所に在住していたようだ。本書『軍事祝詞大鑑』の上巻の奥付では目黒区洗足在住となっているから、空襲で焼け出されて引っ越したのかもしれない。 

 晩年のことは全く不明だが、没年は昭和58年で、これは『肇国』最後の号が発行されてから五年後である。

 あるいは病気で著述、発行が不可能となり、長患いしたまま逝去したものかもしれない。


   『軍事祝詞大鑑』について


「軍事祝詞大鑑」は昭和14年7月30日、祝詞研究所発行。定価二円。

 概要については、筆者自身が「概論はしがき」で書いているので、そちらを参照されたい。

 このホームページでは同書の上巻のうち、例文や語彙目録等は省き、祝詞をどう書けばよいか述べている部分に絞って、ご紹介したい。

 これは権利関係もあるが、「概論はしがき」にあるように上巻は「概論篇」であり、祝詞の書き方について、詳細にわたって講述しているからである。

 その訴えるところは、おおむね先行する著書『最も分り易い祝詞綴り方』などと同様ではあるが、ところどころに筆者の思想の進展が見られる。

 また素材が「軍事祝詞」であることもあって、当時の世相を反映した発言もしばしば見られ、苗代の態度がうかがえて興味深い。

 思えば、苗代が『最も分り易い祝詞綴り方』を上梓したのは昭和6年、それより祝詞作文関係の著書をつづけて出版していくが、そのほとんどが前述のとおり戦争の期間に重なるわけである。

 このような状況から、本書が生まれたのはある意味、必然であったろう。

 なお本書の扉のつぎのページに「厳祀護國神」なる書を寄せた古荘幹郎(ふるしょう・もとお)は、陸軍の軍人である。

 二・二六事件時には陸軍次官として、事態の収拾に当たった。どちらかと言えば統制派に近い人物だろう。本書刊行時は軍事参議官で、翌年死去。


   凡例のようなもの


一、旧漢字は現行の漢字に改めた。歴史的仮名遣いはそのままである。

一、ルビはカッコ内で示した。ただし、煩瑣に亘る場合は省略した。

一、傍点による強調は割愛した。

一、踊り字のうち「ゝ」「ゞ」は本文そのままとしたが、「く」形式のものは書き改めた。

一、明確な誤字は適宜、改めた。

一、割注はカッコ内にて示した。

一、宣命書きは書き下し、送り仮名を補った。

概論はしがき

 本書は専ら、軍事関係の祝詞一般を作文することを、研究するを目的に著作したものである。然して、本書は上巻・中巻・下巻の三部作から完結してゐるのであつて、上巻は概論篇として専ら軍事祝詞文を作るための準備工作用である。中巻及び下巻は共に文範篇である。上巻概論篇では、第一章にて軍事祭典の種類を判別することに依つて、出来上る祝詞文の重心を明かにし、第二章にて一般祝詞文の組織を紹介旁旁、軍事祝詞一般の作文法に言及し、第三章は美辞麗句篇として七項目に細別、各詞句の作り方とそれぞれの例文を採録して、本書の特色を現出した。第四章にては、態型ある葬祭詞の諄詞(のりと)に準拠して戦病没将士の葬祭詞の作り方を述べ、尚詳しく段階を区切つて、各段毎に美言哀句の例文を集録、第五章では同じ編輯法によつて祭霊詞一般を完結して、軍事祝詞の作り方としての上巻、概論篇の万全を期したのである。

 斯うして順を追ひつゝ其の作り方を説明すれば、軍事関係の祝詞を作るに当つて、叙述すべき重点が明かにされると共に、自然に納得出来るものと思ふ。が更に、文範篇を録して本書の完璧を期した次第である。前にも述べた如く文範篇、中巻・下巻は、文献および神職界・祝詞界の代表者の軍事一般に亘る模範文例を広く集録して、昭和現代の完成した、軍事祝詞文の動向を明かにせんがため、名も「軍事祝詞大鑑」とした次第である。

[註]

中巻の戦捷祈念とか、戦捷祈願・国威発揚・武運長久等の祝詞文は、其の代表的なものを以て一括して記載した。故に、之に似た意味相通ずる所の祝詞を作る場合には、之等を参考とすると共に、上巻概論篇を熟読吟味して、篇中の美辞麗句の例文を引用し、各々異つた祝詞を作るとよい。尚、之等の美辞麗句は、所轄の詞句のみを引用するに止まらず、葬祭詞・慰霊詞等の相似の箇所に転置作文すればよい。時には、「原由ノ詞句」の美辞麗句が「祈請ノ詞句」になる場合もある。即ち、総て相関の間柄の詞句にあるものは、斯く互譲配置する事が自由である。本書を充分咀嚼すれば、之等のことに気づく筈であるが、特に御注意を乞ふ次第である。

 興亜聖戦、砲火の初弾が盧溝橋一文字山に飛んで満二年、戦史に比類なき戦捷を刻むうちに、今日ぞ記念の日はめぐり来つた。一億同胞は、この日を銘記し尊き興亜の礎石となつて、征野に散つた皇軍戦没勇士の霊に敬虔な祈りを捧げ、銃火に身を曝して、東亜新秩序建設の最前線に、闘ひつゞけてゐる皇軍勇士の労を感謝すると共に、其の武運の長久を祈らねばならぬ日である。全世界を驚倒させた、我が軍の戦果は、既に北・中・南支那に及ぶ、占拠地域我が全土の二倍半、我が無敵海軍による支那沿岸の完封は蜿蜒一千里を越え、靡れし支那の治安漸く回復して、力強き建設の槌音が轟き谺し、銃後の建設戦も今や闌である。

 国民の覚悟と一層の奮起とを促す力強き協力を誓つて、聖戦を完遂、八紘一宇の肇国の理想を実現せねばならぬ。『聖戦へ民一億の体当り』の決意を披歴、神護を完うせんものと『軍事祝詞大鑑三巻を世に贈る。大陸の炎暑を想はせる帝都の空の下、田園調布多摩の清流に、近代立体攻防戦を見学。小弟、政雄の中支遠征を思ひ、燃ゆる感激に『はしがき』を認む。


昭和十四年七月七日


支那事変二週年当日

苗代清太郎

第一章 祭典別祝詞の作り方

 祝詞を作文するには、当該の祭典が何祭典であるかを見分けなければならない。単に国威宣揚祈願祭であるとか、武運長久祈願祭・応召奉告祭・戦傷病平癒祈願祭・飛行機献納式祭・防護団発会式祭・〇〇慰霊祭・〇〇記念祭等と云ふやうな祭典の味方ではなく、主催者側から見れば、之等は公共の祭典・団体の祭典・個人の祭典となり、祝詞から見れば、之等は報賽の祝詞(其の主とする意味)・申告の祝詞・祈請の祝詞となる。であるから如何なる種類の軍事祭典の祝詞でも、以上三ケ條の祝詞のうちに含まれるのである。尚、報賽の祝詞・申告の祝詞・祈請の祝詞によつて、其の重しとする所が異るから、祝詞文としての表現方式と書式とが変るのである。之は軍事の祝詞だけではなく、一般の祝詞と雖も同一である。以上の意味を分り易いやうに別記すれば、

[一]報賽の祝詞

過去から今までに受けた、神霊・祖霊の恩頼に報ひんがために、報謝の心を以て、幣帛を進ずることを主体とした祭典の時の祝詞を云ふ。

[二]申告の祝詞

諸々の経営・吉凶・紀念等を執行せんがため、神霊・祖霊に申告することを主体とした、祭典の時の祝詞を云ふ。

[三]祈請の祝詞

君国の安寧・自他の幸福等からその志望をかけ、或は病気・災難等其の他、禍事の除去を願ふことを主体とした、祭典の時の時の祝詞を云ふ。

 となる。之だけを見れば、祭祀と祝詞との関係は極く単純であるが、中々単純でないのは次のやうな理由に依る。即ち、上記の祭典の[一][二][三]が示す如く純粋な祭典は殆ど稀である。実際は[一][二]・[二][三]・[一][三]・[一][二][三]と云ふ風に多種多様の意味を持つ祭典が行はれるのである。斯うした複雑な祭典の祝詞を作るのであるから、其の祭典の主旨を叙べ、祭典の使命を強調する所の――詞句が何詞句であるかを握まなければならない。所謂、祭典の重点をどの詞句で叙べるか、祝詞文中心の詞句の発表が第一に着手すべき問題となるのである。

 之に依つて更に検討を加へるならば、国威宣揚祈願祭の祝詞文と武運長久祈願祭の祝詞文とは、其の祭典の意味が異るやうに祝詞文でも自然と異る筈である。武運長久祈願祭の祝詞文でも、国体の主催・個人の主催によつて、之又違ふのは論ずるまでもない。斯うして御祭典の種類により主催者側の別によつて、祝詞文も各々異つて行くが、では祝詞文の組織が全部変るかと云ふに、此処に祝詞文を作る秘訣があるとでも云ふか、御祭典の中心使命を具現する詞句――其の御祭典の主旨をどの詞句に求めてよいかと云ふ詞句にのみ、大なる変化を来すのである。他の詞句は御祭典が変つたからとて、其の組織なり表現詞句が、全々別個文とはならないのである。

 それで、どの詞句に御祭典の使命を果す重点を置くかと云ふに、祝詞を分つて、報賽・申告・祈請の三種類とする以上は、どうしても之を根底として解決しなければならない。よつて、祭典の使命を完結する祝詞文の、中心となり重点となる詞句と、祭典との関係を端的に掲ぐれば、

   [祭典]          [祝詞]

一、報賽を主とする祭典の場合 ――神徳の詞句――謝恩の詞句――

二、申告を主とする祭典の場合 ――原由の詞句――祈願の詞句――

三、祈請を主とする祭典の場合 ――原由の詞句――祈願の詞句――

[註一]

下段、祝詞の段で、一――謝恩の詞句、二――原由の詞句、三――祈願ノ詞句は、共に上の祭典の使命を叙べる重要なる詞句であることを示す。例へば一の種類の祝詞を作るには、「謝恩ノ詞句」に其の中心があるのであるから、最も力点を置いて叙すべきである。尚、上或は下に当る小字の詞句は、大字の詞句と密接な関係にある詞句で、之が誘導詞或は補足詞となるのである。

[註二]

以上、祝詞文の中心となる詞句は、各祭典によつて変るのであつて、其の都度都度に祝詞文の中心となる詞句を握むと共に、次章にて叙ぶる所の(一)起首、(三)設備、(四)献供、(六)結尾の四項が割合に移動性のない詞句であることに注意されたい。之等の詞句を長く或は短くするは作者の関与する所であり、祭典によつて取捨選別すべきである。此の意味からすれば、祝詞文は(二)原由、(五)祈請の両詞句に懸ると云つてもよい。

 端的な説明であるが、斯うした祝詞作文の根本概念を握むことが作文難易の鍵である。更に、祭典の様式を加味尊重し、構成要素となる詞句を適宜に配分して、此処に完全なる祝詞が成文されるのである。

 思ふに、軍事祝詞は他の一般祝詞と独立して存在するのでないから、祝詞作文法も亦同じである。ただ、戦没将士の葬祭詞及慰霊祭詞の幾分が、之の作文法に依らない。之れは第四章及第五章にて説明を施こすことにした。

 終りに附言すれば、祝詞創作の態度として、先づ祭祀の種類を見分け、其の中心となるべき詞句を右掲の説明によつて把握し、次に集録した例文などを其の基礎とし参考として、万全の注意を払つて成文すればよい。斯くして祝詞文が完備されたならば、其の成文を再読吟味して、其の文章の語呂、連絡の具合等に検討を加へる余裕が最上の方法である。

章 軍事祝詞文の組み立て方法

 祀職の殆んどは、祝詞文の組み立ての構成方法を熟知されてゐると思ふから、祝詞文を分析解剖した順序並に祝詞文の各段の内容を要約した略解を試み、次に本篇の眼目たる軍事祝詞の組み立て方法及び其の説明に論及し度い。先づ、祝詞文を解剖すれば、

第一 起首ノ拝詞句

第二 神徳ノ詞句

第三 原由ノ詞句

第四 謝恩ノ詞句

第五 神徳ノ詞句

第六 装飾ノ詞句

第七 動作ノ詞句

第八 感応ノ詞句

第九 祈願ノ詞句

第十 結尾ノ拝詞句

別段 辞別キテノ詞句

   ┌事由ノ詞句         ───┐

   │(神徳・原由・謝恩の三詞句)   │

   ├設備ノ詞句         ───│

起首─┼(装飾・動作の二詞句 )     ├─結尾

   │献供ノ詞句         ───│ 

   │(献饌・感応の二詞句)      │

   └祈請ノ詞句        ────┘ 

    (祈願諸々の詞句)

別段――辞別キテノ詞句

 時には、之等の順序が変に応じて転置・収縮・或は其の二三の詞句が省略される場合がある。然し、之が組み立て構成の内容の大綱は、如何なる祝詞にあつても毫も変ることがない。故に、此の祝詞文構成の組織は軍事祝詞にあつても同一であるから、此処に引用した。依つて、之の組織要項が十分納得出来れば、如何なる祝詞文にも随時応用出来る訳である。其処で、次章では之等の各詞句を形成する典型的な文例を羅列して説明の補とす。其の場合祝詞文の根本的な作法から、筆を進めて行くことは、かへつて煩らはしい結果になるので、実際的な方面から述べるのが順当であらうと考へ、上記表の下段に例証した概括的な説明から這入ることにした。其処で、次に移るに先だちて、下段の説明を施して置き度い。

 軍事祝詞を一つの有化機能即ち一個の身体と見るならば、起首の拝詞句は頭であり、結尾の拝詞句は足である。事由・設備・献供・祈請の各詞句は、各々体内の諸機関と思つてよい。之等の諸詞句を詳しく分くれば括弧内の意味を要約した名称である。尚、軍事祝詞を作るには之以外に例外がある。それは第三章で詳しく説明を施してある戦死者の葬祭詞、並に霊祭詞の諄詞(のりと)である。之は葬祭の詞(のりと)の作り方を知らねばならないから、作り方が自ら異るので、章を更めて説明することにした。

 軍事祝詞を作るには、以上の概括的な了解が是非必要である。故に、下段の項目を更に詳細に渡つて、第三章にて説明する。

第三章 美辞麗句篇

一項 「起首ノ拝詞句」の作り方

 祝詞文の冒頭に来る文が「起首ノ拝詞句」である。この起首の拝詞句には鎮座式と神籬式との二様式があり、之に基いて異つた形式により表明せられる。分り易く云ふならば、御祭神が御鎮座まします御殿の前で執行せられる御祭典の祝詞文には鎮座式の「起首ノ拝詞句」が用ひられ御祭典が神社の境内とか、庭上・公園・公会堂・学校・野外等で、一定して居ない浄地を撰択し――招奉(をぎまつ)つた御祭神の前で奏上する祝詞文には、神籬式の「起首ノ拝詞句」が用ひられるのである。即ち、斎場が神殿内の御祭典であれば――武運長久・国威宣揚等から個人祭典の祈願祭・報告祭・申告祭等の凡ゆる祝詞文が、鎮座式の「起首ノ拝詞句」で初められる。其の他戸外に於いて御祭神を招奉つて執行される御祭典の場合であれば、神籬式の「起首ノ拝詞句」で、文を起すのである。

 以上説明した如く「起首ノ拝詞句」は、鎮座式と神籬式とによつて、斯く異つてゐるが、其の原型と見るべきものは常に一定してゐるやうである。即ち、

 掛巻も畏き(〇〇神社・大神/〇〇ノ命の御霊)の御前に位勲功爵氏名(畏み畏みも/慎み敬ひも)白さく

 之が両者共用の「起首ノ拝詞句」の型である。之の型が、祝詞文の「起首ノ拝詞句」の規範たり典型たる元の型である。之の原型を中心とし、軌道となして幾多の詞文が配合せられ、美化麗文されて崇高極みなき祝詞の「起首ノ拝詞句」が作られるのである。祭祀の場所とか、周囲の情況、設備・動作等の外的事情によつて、此の原型に長短随意の詞文が補冠せられたり挿入せられたりして、一見異つた「起首ノ拝詞句」が作られるのである。前述の鎮座式の祝詞文の多くは祭祀の場所・四囲の環境・称辞竟奉る御神名なり御祭神乃至は動作等の実体を表はす詞句が付加麗文されるのを常とす。神籬式にあつては、以上の外に、原由・装飾等の詞文が先行補足されて叙述されることが多い。

 斯く、論じ来れば「起首ノ拝詞句」の原型に、補冠・挿入の詞文を適宜に配置して、鎮座式・神籬式と各々異つた祭典様式に相応しい祝詞の「起首ノ拝詞句」が、無制限に出来ることとなる。此の事実は例文に依つて探索され度い。この「起首ノ拝詞句」の原型さへ了得出来れば、軍事祝詞・土建祝詞(土木建築)其の他凡ゆる祝詞文の「起首ノ拝詞句」が同一の理由によつて、自由に作文することが出来るのである。

 其処で理論的な説明はこれにて止め、鎮座式・神籬式の「起首ノ拝詞句」を別々に集録して、理論と実際の説明を補ふことにした。

(例文は略)

項 「事由ノ詞句」の作り方

事由ノ詞句」は、神徳・原由・謝恩の三詞句を含んだ総称であつて、之等の詞句を個別的に略述すれば、「神徳の詞句」は、御祭神の御神徳・御威徳を顕揚申上げ、称辞竟奉る詞句である。敬神思想の普及と相俟つて、充分に御祭神の御神徳を賞揚すべきである。古今の祝詞の多くは、この部分を何れも、崇厳極りなき辞句で綴つてある。斯うした訳であるから、御祭神の別、御祭典の別によつて其の詞句の内容も又別々である。其の詞句の長い短いは作者の自由であるが、そうした意味で其の使命を完うすべき性質の適確な文章を作るやうに心掛くべきである。換言すれば、御祭神である神々・御祭神となられた英霊の御威徳・御勢徳を昂揚宣布するのが、本詞の重大使命である。

 尚、大祓詞の如きは其の冒頭に森厳荘重の辞を置き、建国の由来に想を起して「高天原に云々」と叙述されてある。之等は我が建国の中心精神を先づ言寿(ことほ)ぎ奉りつゝ本詞の使命を強調したものである。斯かれば、本詞句の冒頭に天壌無窮の皇運と皇室の弥栄えを言祝(こといは)ひ言祈(こといの)りつゝ、悠厳なる筆勢にして本詞句の冠頭辞とする場合少なからず。殊に軍事に関する団体祭典にあつては其の感を深くするのみならず、斯かる辞法を益々必要とするのである。次に之等の例文を少し集録して参考に供し度い。

(例文略)

原由の詞句」は、御祭典を執行する所以を叙述する詞句であるから「今日しも〇〇の御祭仕へ奉る」と云ふやうな、簡単明瞭初学者として健実な行き方より、修辞の語句を重ねて述べる行き方もあるが、本詞句の構成について、欠いてはならない核心の要点を摘出すれば、

  (一) 何が故に(?)

  (二) 何時  (?)

  (三) 何処で (?)

  (四) 何祭典を(?)

  (五) 誰が  (?)

 以上、五つの疑問符の解決を成す成文が原由の詞句の根本である。祝詞によつては、此の疑問符が前後左右に配列せられたり、時には右のうちの三つの疑問符によつて完結されることがあつても、必ず之を叙述する成文が散文せられてある。若し斯うした成文がなければ、原由の詞句とは云ひ得ない。従つて祝詞文を成立しないのである。

 原由の詞句は、上述のやうに五つの疑問符を解決せねばならぬので、祝詞文唯一の変化に富む部分である。極く簡単なものから、或は数十言、数百言を費すものもあつて、一律に其の標準となるべき詞文を拉し来つて、説明することは困難である。即ち、祭典が変つ度に其の原由も変るのであるから、端的に明示することは至難であると云はねばならぬ。強ひて示せば初めに掲げた様な文章が最も簡単であらう。よつて本詞句を研究するには、多読多作如何なる場合に於ても、結局上述の疑問符を解決するやうに成文する方法を考ふべきである。

 次に注意すべきことは、ふつうの軍事祝詞にあつては、(四)(五)の解決文が本詞句にない場合が沢山ある。それは既に起首の拝詞句或は他の詞句中散文的に発表されてゐるからである。万一、起首の拝詞句中にないならば与えられた本詞句で叙するか、結尾の拝詞句で述ぶればよい。葬祭詞・慰霊祭詞の場合などには、斎主の姓名が結尾の拝詞句に来るのは斯うした意味からである。然し、他の疑問符は此処で解決するやう作文せねばならない。尚「八十日日は在れども」と云ふやうな特殊な筆勢で表明されることもある。

 祝詞文中、原由の詞句は一番明朗性に富んだ表現を要する詞句である。祭典の使命を述べる重要な詞句であることは既に御承知のことゝ思ふ。故に不明瞭であつたり軽率・曖昧な原由の詞句であつては、祝詞文全体に悪影響を及ぼす枢要な詞句であるから、本詞句は大いに研究を要すべきである。簡単にすれば前記の如く、祭典の主旨を完徹するやうにすれば、いくらでも適当な名文が出来上るであらう。神籬式の祭典などに於ては、殊の外に留意して其の祭典の事由――主旨の徹底した詞句を作るやうに期せられ度い。

[註]

本詞句と祈請の詞句・葬祭詞第四段・祭霊詞の原由・祈請の各詞句は、相関の詞句であるから、それぞれ各詞句を参考にされ度い。

(例文略)

謝恩ノ詞句」神徳の詞句を作つてゐる積りであるのが、何時の間にか其の重点が、謝恩的章句に傾くと云ふやうな事が度々出て来るのである。之は御神徳を賞揚申上げると云ふよりも寧ろ「ミタマノフユを謝(ゐや)び奉る思想が」文の中心となつたのであつて、既に謝恩の詞句を無意識に作つてゐると云ふことになる。即ち「神徳ノ詞句」と「謝恩ノ詞句」とは、相関連した詞句であるから、最も容易に結合・調和される文章となる。其の重点の述べ方によつては、直ちにそれが「謝恩ノ詞句」になつたり、「神徳ノ詞句」になつたりする。本詞の特徴から云へば、

 「答へ奉り」「対(こた)へ奉り」「謝び奉り」「酬(むく)ひ奉り」

 等の謝恩の意を表はす所の節や句が、文章の中心となつて構成されるのである。其の原型と見るべきものは、

 神等(御霊達)の厚き恩頼に報ひ奉る

 と云ふ程の詞句である。或は文章全体の思想の流れが、謝恩的意志を発表してゐる詞姿を云ふ。後者にあつては比較的長文となり、答奉り酬奉らんがために冠される説明的な敍述、又は謝恩で謝び奉る心の説明的な文章が補足されるから、何れが主格・何れが従格であるかを明かにせねばならない。でないと、元来が祈願の詞句になる性質の文章とか、神徳の詞句となる文章とかが入り乱れて、之等の主従関係を極度の混乱に導き易い。祝詞を作り難いと云ふのは、此の辺の消息を語つたのであらう。

 殊に慰霊祭・紀念祭・忠魂祭等の祝詞にあつては、本詞句は祝詞文の中心生命預る詞句となるから、充分な注意を以て、鄭重に詳述すべきである。筆致の霊妙も必要であるが、之は祝詞作文に対する経験を得れば、独りそれに対する鑑識眼も出来るので、初学の間は其の構想と文の系統に重点を傾注して、率直に作文すべきであらう。

 軍事祝詞中此の種報賽を主旨とする御祭典では、謝恩的な思想を以て敍べる文章を詳細且つ適切なる詞藻を以て、文を構成すればよい。此の時には「謝恩」「恩頼」の意味を補強する文が重なり、長文に傾くが止むない実状であらう。故に、遍ねく文の構想を追究して前後の調和を計り、祭典の使命を表現する章句を、先づ以て草稿として筆録し、描法等に遺憾なきを期し、真の謝恩的な心構へから徐ろに作文するを要す。

(例文略)


項 「設備ノ詞句」の作り方

設備ノ詞句」は、装飾の詞句と動作の詞句とを含んだ綜合的の名称であつて、社殿・霊畤・斎場・物品・献饌・其の他、祭具・器具等の装飾された状態を述べると共に、之等を装飾するために各種の準備行動をせねばならない。物品調度の整備を初めとして、社頭・式場の設備・献饌物の調理等何れも人々の奉仕的活動を伴はない御祭典は一つもない。この動作・奉仕を摘出して敍べるのが動作の詞句である。依つて装飾と動作の詞句とは相関連したものであつて、敢て別個のものにする必要もないのであるが、祝詞作文の基本的智識を得るには、之又欠くることが出来ない説明事項である。本書は軍事のみの専門書であるから、以上の二つの詞句を一つに纏めて説くのであつて、此の意味を了とせられ度い。

 又、別な方面より之を観察すれば、装飾と動作の詞句とは相前後してゐる関係乃至は設備と行動との相対的な関連から、互に溶け合つて敍述され、切り離して之が装飾の詞句・之が動作の詞句と適切に分離説明し難い詞句もあり、どうしても分離或は解剖出来ない祝詞文も多い。斯うした意味から、構成組織としては別個に覚えねばならない。が然し実際上では、之の二つの詞句を、設備の詞句として了解する方がよいと思ふ。

 尚、設備の詞句の特徴としては、短い言葉の標示――即ち、単文の形式でどの詞句の中へでも随時事由に介在して、其の使命を完うして行くと云ふ散文的な性質がある。云はば、独立して本来の純粋性を保つて行く一方、他の詞句殊に起首・結尾の拝詞句の中に融け込んで、共存共栄を計る詞句である。

 設備の詞句を単文で発表する場合は以上のやうであるが、特種な祭典、殊に戦勝祝賀奉告祭とか凱旋奉告祭とか云ふ場合には、蒙りし御神徳の数々を思ひ浮べて、御神慮を慰め奉る種々な催物が神社の境内とか、其の他適当なる場所、或は市町村全体で執行されることもあるから、此等の祝詞では、其の旨を充分に敍述すべきである。

 其の他では、軍事祝詞として、独立の形式を採つてまで敍述しないことが多い。之は即ち、多少なりとも他の詞句に介在叙述されてゐるからであらう。故に本項の例文も僅少に止めて置いた。尚、基本的な詞句を覚え込むのを主眼として、装飾・動作の詞句を別個に例文にした。

項 「献ノ詞句」の作り方

 献供の詞句とは、普通祝詞作文法で云ふ「献饌ノ詞句」と「感応ノ詞句」とを纏めた総称であることは、前述した所である。この詞句は、神々・御祭神に献ずる品々を言挙げすると同時に、御祭神に対して受納を乞奉る所の詞句である。

 祭祀と幣帛(広義)とは密接な関係に在り、幣帛物の受納を乞奉つて御神慮を和め奉らんとする上から、大抵の場合は、献饌の詞句と感応の詞句とが、相前後して綴られるのである。然して、御祭典の主旨を遂行して行くがためには、此の献饌の詞句にさへ種々なる苦心を凝さねばならぬ。祝ふべき御祭典――戦勝奉告祭・凱旋奉告祭等と云ふやうな場合には寿詞や祝辞の縁語を以て敍すれば、更に御祭典の意味が徹底するものと思ふ。文範の中に之等の例を集めて置いたから参考にされ度い。御祭典によつては清楚な感じを出すがために、不調和的な詞句(語呂の上で)を避けて、端的な詞姿で述べる場合も多い。長詞句を以て述べ度い時は、装飾・動作・縁語・寿詞等と、所謂文章を美化・麗文化すれば際限なく作文出来る。其処で「献供ノ原型」と見るべきものを示せば、

 大前に御食御酒種種の物を捧げ奉らくを平けく

 である。長詞句にする時には、之を基本として草稿とし、なるべく該祭典の主旨に添ふやう寿詞や称辞竟奉る文章を挿入・補冠して、其の使命を遂行するやう適切に綴つて行けばよい。祝詞文全体から見れば、この詞句は変化の少い、割合に単形であつて、新しい詞句を挿入叙述する余地が乏しいやうである。此の意味からすれば、次の例文を参考として充分消化して行けば、祝詞を作る場合困ることがないと思ふ。尚、例文は別々に示すことにした。

(例文略)

項 「祈ノ詞句」の作り方

 此の詞句は御祭神に対へて祈願せんとすることを述べる詞句で、所謂「祈願ノ詞句」と同一である。一般の祝詞と異つて軍事祝詞に於いて、本詞句は相当重要な位置を占めてゐる。換言すれば、祈請を主とする御祭典が多いことを意味する。

 本詞句を草稿するに当つては、其の祭典が如何なる種類の祭典(第一章参照)であるかを、先づ弁へて筆を進めるがよい。即ち、国家の隆盛・国威の宣揚・皇軍の健勝祈願・宣戦布告・平和克服と云ふやうな公の祭典もあれば、之れを団体の主催として取扱ふ祭典もあり、或は出征奉告とか、応召奉告・病気平癒・千人針祈願と云ふやうな個人的な祭典も多い。尚以上の各種祭典が混合されたやうな祭典もあるから、一概に「祈願ノ詞句」の型を示すのは困難である。御祭典の主旨が夫々違ふから、祈願の詞句も各堂違つて来るのである。

 然し、御祭神に祈願するのが目的であるから、其等の詞句に相似・類似の詞句が生れ、一つの統一目標に向つて、叙述する祈願の詞句の構成型が生れるのである。即ち公祭典には公祭典の祈願の詞句の型があり、団体祭典・個人祭典にもそれぞれ祈願の詞句の型が構成されるのである。此処には一般的な祈願の詞句の原型を示して、本詞句の説明を補ふこととした。即ち、

【イ】天皇命の大御代を、厳し御代の足御代と、万千秋の長五百秋に、平けく安けく、斎ひ奉り幸はへ奉り給ひて、親王等・諸王等・百官の人等を始めて、天の下の国民に至るまで、五十橿八桑枝の如く、立ち栄えしめ給へと

【ロ】天皇命の大朝廷を始めて……国の光を天輝し国輝しに、輝かしめ給ひ……円(まどひ)の将来(ゆくすゑ)も変る事なく、其の業績(いさをし)を立てしめ給へと

【ハ】此(これ)の家内の者を始めて、参侍る人人の家にも身にも……恵み幸はへ給へと

『イ』は、朝廷及国家を中心とした祈願の詞句の「型」

『ロ』は、団体を中心とした祈願の詞句の「型」

『ハ』は、個人を中心とした祈願の「型」

 である。之れの二つ或は三つが互に輻輳した意味をなす御祭典もあるから、其の場合には文の幅韻を拡張し、或は其の反対に不必要と思ふ詞句をどんどん減じて作文すればよい。尚別段に説明した如き、「辞別きて白さく」「又白さく」の詞にて奏上するも一つの方法である。

 一般祝詞としての本詞句の構成の型は右の様であるが、軍事祭典の祝詞の祈願の詞句も殆んど同じである。即ち、次の例文にて示すが如く、武運の長久とか、国威の宣揚とか軍事の専門的な語句が多いので、異つたやうに思ふだけである。一般の祈願の詞句さえ了得出来れば、その中へ御祭典の主旨を充分叙述するやう、軍事的な詞句を転置・挿入・加減すればよいのである。

【註】念のため各祭典とも、一般の祈願の詞句を二三示して参考とし、続けて軍事のみに連関する祈願の詞句を集録した。尚、原由の詞句及戦病没将士の葬祭詞第四段・祭霊詞の、祈請の詞句の章をも参考にされ度い。

(例文略)

項 「結尾ノ拝詞句」の作り方

 祝詞文の最後に述べるのが、この「結尾ノ拝詞句」である。手紙で云ふと、文の最後を纏める終文である。よつて本詞句は、祝詞文全体の秩序と聯絡とを完全に統一する使命を持つ。祝詞文にする材料の蒐集や、起稿される順序及び全体の腹案で以て綴られた名文麗辞が、本詞句で結ばれるのであるから、最後の仕上げが良くないと文の価値と御祭の意義とが半減する。本詞句の原型と見るべきは、

 恐み恐みも白す

 で、結びのことばとして最も穏健ながら多く用ひられる。そして、煩瑣な組織文で結ぶ詞句が割合に少い。けれども至美絶妙の御霊徳とか御神徳、或は其の御高徳に報謝するやうな御祭典に於ては「鵜じもの頸根突き貫きて……」などと、最敬の動作を述べて其の意を伝へるのである。

「結尾の拝詞句」を作るに当つては、「起首ノ拝詞句」で「恐み」を使つた場合は、本詞句でも必ず「恐み」で結ばなければならない。

 即ち、

  起首ノ拝詞句     結尾ノ拝詞句

 恐み恐みも白さく   恐み恐みも白す

 畏み畏みも白さく   畏み畏みも白す

 惶み惶みも白さく   惶み惶みも白す

 威み威みも白さく   威み威みも白す

 懼み懼みも白さく   懼み懼みも白す

 称辞竟奉らくと白さく 称辞竟奉らくと白す

 と、起句と結句を同一の型にするやう注意すべきである。

「結尾ノ拝詞句」は以上の様な訳であるから、軍事祭典の場合も、一般祭典の場合も殆ど同一様式でよい。斯うした叙述に一種の物足りなさを覚ゆることがあるならば、其の祭典の主旨に従つて、懇切叮嚀な謝辞或は其の動作を表はす詞句を補足してもよい。蓋し其の詞句は、祝詞本来の姿を端的に表明し、一篇の使命を纏めた詞句であるのは勿論である。畢竟するに、文の秩序なり聯絡を保つ上に、その詞句と詞句との間に無理がなく、全体を統一する結びの詞文が欲しいものである。

 其処で、先輩各位が常に使用された「結尾ノ拝詞句」を、次に集録して参考に供す。

(例文略)

別段「辞別きて」の使ひ方

 此の辞法は、祝詞が言ひ終つた後、更に詞を改めて申上げる時に漸漸(しばしば)使用されるのである。殊に「辞別きて」の辞法でなければ、祭典の意味が徹底されないやうな場合もある。今、此の辞法の使ひ方の場合を示せば、

 一、前文で申上げた詞に、更に其の意味を強めて、一段と慎み敬ひて申上げる場合。

 二、特に、或る御祭神に対し奉つて申上げるやうな場合。

 三、祝詞文の内容が、複雑にさるのを避けるやうな場合(綜合・聯合・重合祭典等の場合)

 此の辞法を用ひて発表すれば「辞別きて白さく」が多様性に富んでゐるが為に、一種云ふべからざる使命の真髄を表はして、其の主旨が躍々として逼り来る祝詞文が出来上る。然し、祭典の中心的生命は本文の方にあるのであるから、本末を顚倒しないやうにすべきである。斯うした三通りの場合以外の祝詞文には、其の濫用を避けられ度い。一・二の起句を示す。

 一、又白さく

 二、又副へて白さく

 三、辞別きて白さく

[註]昨年、全国神職会が内務省の旨を含んで、本年正月の元旦の歳旦祭及び本年の明治節祭の祝詞文の終末に、常勝を神々に謝し、合せて皇軍出征将兵の武運長久をも乞ひ奉り、或は広東・武漢三鎮の陥落奉告の文を附加するやう通達された。之などは、祝詞文の終に本詞を添へることによつて、初めて其の意味が徹底したのであつた。――或は、日支事変に於て歴史的な戦捷を得つゝあることを感謝すると共に、皇軍将兵の武運を祈願する詞句を各自思ひ思ひに、月次祭等の祝詞文の終りに添加されて居られることは、氏子崇敬者各位に敬神愛国の念を啓道して、日本精神涵養上極めて益あり、長期作戦下、国民精神の善導となることは言を俟たない所である。之等の場合には、此の辞法は適所適材、全く当を得たる筆法と称すべきである。

 そして綴る文は、使命を遂行するに必要な詞句のみでよい。報賽祭なら報賽を表はす詞句、祈願祭ならば祈願を表はす詞句でよい。余り必要でないことを、本段で述べること更に認めず。斯うして出来た「辞別きて」の起句に対へて、「結句」が必要になる。「結句」も

 恐み恐みも白す  惶み惶みも白す

 のやうな短文でよい。祝詞学者は多く、この別段の辞法の説明をしないやうであるが、実際上にはよく用ひられるから例を引きながら説明を補した。其の語句の解釈に至つては色々あらうが、先づ上述で不都合なことはないと思ふ。

 以上で大体、軍事祝詞を作る諸々の注意と、作文法が解されたと思ふ。然し之のみでは軍事祝詞を完うすることが出来ない。即ち、次章が是非必要なことであるのは、軍事祝詞と云ふものが、人生の全部を預るからである。

第四章「軍事葬祭諄詞」作り方

 葬祭の次に諄詞(のりと)或は詞(のりと)の字を添へて、葬祭諄詞・葬祭詞とも云ふ。これは祝ふべき事の反対現象であるから、憚かつて斯く書くのである。然し、読み方は同じく「ノリト」と読むべきである。

 祝詞が神に仕へるものならば、諄詞・詞は霊に仕へるものと云つてよからう。人が身亡り霊となつては、詞の目的は報賽と祈願とが重である。人と永久に別離を述べる時、其処に哀悼の辞が生れるのである。ましてや、家族親族にあつては、弥々其の情が切なるものがあるであらうことは想像に固くない。この哀悼の辞が、即ち葬祭諄詞となつたのである。依つて葬祭詞の願目となるべきものは、死者との最後の別離を、永久に悲しむ情の切りに迫つた文章で述ぶるを最適とする。之が嵩むでは哀悼の心情会葬者に及び、諄詞の目的は此処に完徹せられるのである。

 遠征野に馳駆し瘴癘を冒し、身を鉾鏑に曝して遂に護国の花と散つた皇軍の将士に対しては、われ等はただ感謝感激の念を深くするばかりであつて、せめても其諄詞をして、心の裡(うち)を英霊に捧げ度く、合せて其の遺族の方々に対しては、満腔の謝意と讃仰とを捧げるやうにせねばならない。斯うした意味からすれば「大君の辺にこそ死なめ」と烈々たる愛国の至情に身を完うされた将士の葬祭詞は、不幸病魔に苦しんで斃れ、又は不事の難に果敢なく此の世を終られた方々のそれとは、其の文章も変るのが自然であらう。此処に普通の葬祭詞と軍事葬祭詞とは、自ら其の筆勢を異にする理由があるのである。それで、この軍事葬祭詞を祝詞文組み立ての構成から見ると、

 第一段 哀調発語。起首詞句。 

 第二段 哀調発語。生国。生年月日。教育等。

 第三段 相続及結婚。子女の有無。家庭。事業。遺跡。信仰等。

 第四段 哀調発語。奮戦の状況。死。哀調の詞句。寿命等。 

 第五段 哀調発語。哀悼の辞。

 第六段 哀調発語。葬儀次第。

 第七段 哀調発語。別離の挨拶(感応或は祈請)。結尾の詞句。

 大体、以上の順序を経て作文すればよい。時には省略する段もあることに注意され度い。

 葬祭詞は、御霊の移霊祭詞から、葬祭後の詞祭――五十日忌明祭までを云ふのである。百日一年祭の霊祭詞も、多分に故人を忍ぶ哀調追憶的な文章を使用せねばならんが、之等は『第五章』の祭霊祝詞の型で作文するのである。百日祭以前に執行される祭典の諄詞は、以上の構成の型でよいと思ふ。

[註]

次は段別に、之等の例文を集録して置いたから、之にて実地を研究され度い。第四段の例文の不足は、前の第三章の祝詞作り方の原由の詞句及び祈請の詞句、並に第五章の原由、祈願の詞句に相関的な例文が沢山ある。尚、葬祭詞の文範篇は、下巻に其の代表的な作品があるから、是非参照にせられたい。

(例文略)

第五章 「軍事祭霊諄詞」作り方

 第一節 霊祭諄詞の組み立て方法


 葬祭諄詞は前章にて敍べた如く、其の目的とする所は身亡かられた人との別離を惜しむのであるから、諄詞全体が一種の哀調味を含んだ文を草することが必要である。本章の霊祭諄詞は哀悼の裡にも、死者の霊を神として斎き奉る心が、日と共に補強せられるやうに作文するを心懸くべきである。故に、本文の構成組織は、葬祭諄詞と自ら別のあるのが当然であらう。これが団体を主とした祭典の諄詞にあつては尚更である。然し個人の霊祭、殊に一年祭・五年祭頃までの諄詞は寧ろ葬祭詞の型に近い。其処で此の構成の順序を示せば、

 第一段 哀調発語。起首の拝詞句。 

 第二段 哀調発語。事由の詞句。

 第三段 哀調発語。設備の詞句。

 第四段 献供の詞句。 

 第五段 祈請の詞句。

 第六段 結尾の拝詞句。

[註]各詞句の例文は、一般霊祭詞及第三章と同じであるから、省略する。尚軍事祝詞大鑑の下巻記載の文範を参考にされ度い。

 年の経たりによる個人祭典の祝詞は、所謂祖霊祭詞であつて、此の構成の組織は次章と殆んど変ることなし。


第二節 祭霊諄詞(祝詞)の構成組織


 祭霊祝詞と云ふ文字で説明する祝詞は、非常に広い範囲の祝詞を包括してゐるのである。之を換言すれば、死者に対する御祭典全部の祝詞を云ふのである。依つて、葬祭詞・慰霊祭詞はもとより、忠魂祭・建墓・序幕・追悼祭或は贈位奉告祭等であつて、団体・個人の別を云々しない。以上の如く、之等の祭典を全部包んだ所の祝詞・諄詞・詞を指して云ふ。本書は軍事専門の祝詞書であるから、戦病没将士のそれを取扱つたのであることは云ふまでもない。そして祭霊詞のうち葬祭詞は前章で既に述べたから省いて、葬祭諄詞以外の祝詞について其の組織を説明する。此の祝詞の組織は本書の第三章と殆んど同一であるから、詳しき説明は同章に譲り、更に注意を喚起する意味にて、単に各詞句を並列するに止めて置く。

 第一段 起首の拝詞句。 

 第二段 事由の詞句。

 第三段 設備の詞句。

 第四段 献供の詞句。 

 第五段 祈請の詞句。

 第六段 結尾の拝詞句。

 別段 辞別きての詞句。

 以上である。

 之の祭霊祝詞にも特種な例文が多いから、最も変化に富み且つ第三章で詳しく説明しなかつた専門的な「事由の詞句」と「祈請の詞句」例文を広く摘出記載する。

(例文略)