【麻吉旅館のこと】


いつの頃かは、はっきりしませんが、古市に「麻吉」が料理店として営業を始めました。

その辺りを「長峰」または「古市」とも言いました。

江戸時代の中頃に隆盛を極め、京の島原、江戸の吉原、大阪の新町、長崎の丸山と並び称された五代遊郭の一つとなるにつれて「古市」の名が世間に知れるようになった頃、現在の伊勢市中之町の一隅に「麻吉」として店を構えたのでしょうか。

「麻屋吉兵衛」から文字を採っての屋号だったらしいのですが、ひょっとしたら元々は布の麻を扱う商売をしていたのかもしれません。

伊勢の地は、神宮さんに納める為の絹と麻を取り扱う店が以前から、あちこちにあり、そのうちの一軒だったのでしょうか。

この麻屋吉兵衛は世襲制で何代も続いていたようで、大正時代頃迄は店主が名を受け継いでおります。

現在は果たして何代目にあたるやら。

最近になって創業二百年と銘打ってはいるものの、それもはっきりわかりません。

ただ、天明二年(一七八二)の「古市街並図」という地図に「麻吉」の名があり、やはりその頃には料理店として営業していたのでしょう。

「東海道中膝栗毛」で弥次さん喜多さんが古市へ行くというので、「麻吉へお供しよかいな」などと言う場面がございます。

執筆以前に伊勢へやって来たか、人づてに聞いていたかして「麻吉」を知っていたのかもしれません。


※画像、文章ともに90年代中頃発行の麻吉旅館パンフレットより