「流れを知り、生き物を理解する ~微生物からヒトにおける生物流体力学~」
日時:2024年2月26日(月)17:00-18:00
場所:九州大学病院キャンパス 基礎研究B棟2階講義室
演者:東北大学大学院工学研究科生体流体力学分野 菊地 謙次 先生
生物内外に流体が取り巻き、その流体を利用して生命は進化を遂げてきました。細胞や組織、器官は複雑な形状や運動を持ち、生理機能や役割を担っています。一方、生体や生物に関わる流体は栄養素、酸素、温度など様々なものを輸送し、吸収や代謝、生命の恒常性のために重要な役割を果たしています。我々はこれまでに生物に関わる流体の輸送や拡散・撹拌に注目し、生命活動に対する生物流動の重要性について研究を行ってきました。また、その重要性を明らかにするためのツールとして、生物流動の可視化技術についても研究を行ってきています。それらの可視化技術を駆使し、植物細胞の細胞質流動や蚊の吸血ポンプ、酵母の培養液体内の浮上や線虫腸での蠕動の役割など様々な生物種の流動を観察し、工学的な観点から生物に関する流動の力学的な理解(生物流体力学)について、本発表でお話ししたいと思っています。
タイトル:「生物の経時的な観察と操作が可能なロボットシステムの開発」
日時:2017年5月24日(水)14:00-15:00
場所:九州大学病院キャンパス 基礎研究A棟2階セミナー室
演者:川原 知洋 先生(九州工業大学 大学院生命体工学研究科 生体機能応用工学専攻 准教授)
セミナー概要:従来より、細胞や微生物等の機能は様々な方法によって明らかにされていますが、経時的な調査が求められる動的な振る舞いについては未だに解明されていない事象が数多く存在します。本セミナーでは高速高精度なロボット技術を活用し、生物を経時的かつ連続的に調査することのできるシステムの概要、及びそのバイオ医療分野への応用についてご紹介します。
「上皮頂端収縮調節による肺胞形成機構」
日時:2017年2月8日(水)14:00-15:00
場所:九州大学病院キャンパス 基礎研究A棟2階セミナー室
演者:大阪大学大学院医学系研究科分子病態生化学 助教 麓 勝己先生
肺、膵臓、唾液腺などの管腔臓器は、ガス交換や分泌物の産生など臓器固有の機能を有する「腺房」とその通り道である「導管部」により構成される。肺では導管部である気道が発生前期—中期(分岐形成期)に分岐し、腺房部である肺胞が発生後期から生後(肺胞形成期)に形成され成熟型臓器となる。気道の形態形成は規則的なパターンに従って分岐することが知られており、他の管腔臓器に通じる形態形成の原理を追求するモデルとして、これまで多くの生物学者や数理学者の探究心を刺激し、様々なことが明らかになってきた。しかしながら、発生後期になり気道遠位端に肺胞が誘導されるメカニズムは未解決な問題であり、近年注目されつつある。そこで、私共は分岐形成から肺胞形成過程に至る過程に注目し、解析を試みた。
まず、分岐形成期と肺胞形成期の遠位端上皮細胞の形状を比較した。分岐形成期の上皮細胞は頂端収縮の発達を伴って円錐型であったのに対し、肺胞形成期では頂端収縮の低下と同時に細胞の形状が立方型(二型肺胞上皮細胞)あるいは扁平(一型肺胞上皮細胞)へ変化することを見出した。次に、この変化に相関するシグナル因子を探索したところ、肺胞形成期では分岐形成期に比べてWntシグナル構成因子の発現が低く、肺胞形成期におけるWntシグナル強制活性化は肺胞形成を阻害することを見出した。すなわち、Wntシグナルの活性の抑制が肺胞形成へのトリガーとなることが考えられた。
さらに、上皮細胞の頂端収縮の変化と肺胞形成との因果関係を明確にするため、数理モデルにて解析した。上皮組織を一層の細胞塊(シスト)とみなし、個々の細胞を頂端収縮させるとシストが自律的に分岐した。その上で、肺胞形成期で見られるように頂端収縮を解除すると、肺胞様構造が誘導された(今村寿子博士(九州大学)との共同研究)。
すなわち、(1)分岐形成期ではWntシグナルによって上皮細胞が頂端収縮すると分岐が誘導されること、(2)肺胞形成期ではWntシグナル低下に伴って頂端収縮活性が低下し、細胞が立方形あるいは扁平化することによって肺胞が形成されると考えられた。
本セミナーでは、肺胞形成におけるWntシグナルとその下流因子による細胞形態調節の役割を中心に議論したい。
【セミナーに関する問い合わせ先:今村寿子(hisaima@lab.med.kyushu-u.ac.jp, ex. 4857)】
演題:密着結合研究の新しい展開
日時:2017年2月7日(火)17:00-18:00
場所: 九州大学病院キャンパス 基礎研究A棟2階セミナー室
演者:生理学研究所 細胞構造研究部門 教授 古瀬幹夫 先生
密着結合(タイトジャンクション:TJ)は、上皮細胞間隙の透過性を制御することによって上皮バリア機能や経上皮物質輸送に重要な役割を果たす細胞間結合である。長年の研究から、TJの核心部分を構成する接着分子クローディンファミリーの各サブタイプの個性と発現の組み合わせが細胞間隙の透過特性を規定するという基本概念が確立しており、遺伝子欠失マウスやクローディン遺伝子変異に起因する疾患の解析から、個体におけるTJの意義についても理解が深まりつつある。各上皮器官の生理学におけるTJの役割については今後も興味深い知見がもたらされると予想される。一方で、TJの量的制御のメカニズム、細胞外の化学的・物理的環境に対する応答等については未だ不明な点が多く、上皮透過性の制御機構の全貌を理解するために重要な研究課題となっている。本セミナーでは、ポストクローディン研究として、私たちのグループが細胞生物学の立場から取り組んでいるTJ研究について、3細胞結合の分子解剖、細胞極性形成における役割を中心に紹介したい。
血管のメカノバイオロジー — 現在と未来 —
日時:2016 年 2 月 5 日(金)17:00-18:30
場所:九州大学病院キャンパス 基礎研究A棟2Fセミナー室
演者:東京大学 大学院医学系研究科 医用生体工学講座 システム生理学 山本 希美子 先生
血管内面を一層に覆う内皮細胞は血流に起因する力学的刺激である流れずり応力(shearstress)をセンシングし、 その情報を細胞内部に伝達することで細胞応答を起こす。この細胞応答は血管の新生やリモデリング、血圧の調 節、血液の凝固・線溶活性などに深く関わっており、その異常は高血圧や血栓、動脈瘤、粥状動脈硬化といった血 管病の発生に繋がる。近年、shear stress は成熟内皮細胞だけでなく、内皮前駆細胞や胚性幹細胞にも影響を及ぼ し、それらの細胞を内皮細胞へ分化させることが示された。Shear stress のセンシング機構はまだ完全には解明さ れていないが、イオンチャネル、受容体、G 蛋白、接着分子、細胞骨格、カベオラ、細胞外マトリックスといった 様々な膜分子やミクロドメインを介して力学的刺激が細胞内の生化学的シグナルに変換され、その下流で多岐に 渡る情報伝達経路が活性化することが分かってきた。我々は培養内皮細胞に shear stress を負荷すると、細胞膜カ ベオラから内因性 ATP が細胞外へ放出され、細胞膜に発現する ATP 作動性カチオンチャネルである P2X4 を活性 化し、細胞内へ Ca2+が流入する反応が始まり、そこから Ca2+波が細胞全体に伝搬することを見出した。P2X4 遺伝 子を欠損させたマウスでは shear stress による Ca2+流入反応とそれに引き続いて起こる NO 産生反応が消失する。 そのため骨格筋の細動脈における血流増加に対する血管拡張反応が減弱し、高血圧が惹起される。また、慢性の血 流減少に伴う血管径の縮小反応(血管のリモデリング)も起こらなくなる。これらのことは Ca2+シグナリングを 介した shear stress のセンシング機構が生体における循環系の機能調節に重要な役割を果たすことを示している。 最近、細胞膜が shear stress に即座に応答して細胞膜脂質の相状態(lipid order)や細胞膜の流動性といった物理的 性質を変化させ、これが膜分子の活性化に影響を及ぼすこと、すなわち、膜自体がメカノセンサーとして働く可能 性が示された。こうした血管メカノバイオロジー研究の成果は心臓や血管など器官形成の仕組みの理解や血流依 存性に発生する血管病の病態解明と新しい治療法の開発に貢献すると思われる。
Virtual Tissue Computer Simulations of Development, Homeostasis and Developmental Diseases
日時:2016年9月6日(火)17:00-18:00
場所: 九州大学病院キャンパス 基礎研究A棟第一セミナー室
演者: Professor James A. Glazier
Biocomplexity Institute and Department of Intelligent Systems Engineering, Indiana University
The difficulty of predicting the emergent development, homeostasis and disfunction of tissues from cells’ molecular signatures limits our ability to integrate molecular and genetic information to make meaningful predictions at the organ or organism level. Virtual Tissues are an approach to constructing quantitative, predictive mechanistic models starting from cell behaviors and combining subcellular molecular kinetics models, the physical and mechanical behaviors of cells and the longer range effects of the extracellular environment. For the past 15 years, we have been developing Virtual-Tissue tools (CompuCell3D) to bridge the gap between molecule and physiological outcome [1]. I will illustrate these approaches in: 1) the development and degradation capillaries in the retina of blood vessels and their roles in Choroidal Neovascularization (CNV) in Age-Related Macular Degeneration and in Diabetic Retinopathies [2, 3]. 2) the pattern of toxin exposure in the liver, and 3) the sequential segmentation of vertebrate somitogenesis [4, 5]. I will also discuss the types of questions that Virtual Tissue simulations can address and the types of experimental data required for their development and validation.
[1] Methods in Cell Biology 110, p. 325-366 (2012).
[2] PLoS Computational Biology 8, e1002440, (2012).
[3] PLoS Computational Biology 12, e1004932 (2016).
[4] PLoS Computational Biology 7, e1002155 (2011).
[5] Science 343, 791-795 (2014).
マイクロ・ナノ加工技術を生体分子,細胞,組織の研究へ如何に応用するか
How can we apply micro/nano fabrications for bio-molecule, cell, and tissue researches?
日時:2016年4月5日(火)17:00-18:30
場所: 九州大学病院キャンパス 基礎研究A棟2Fセミナー室
演者:京都大学大学院 工学研究科 マイクロエンジニアリング専攻
横川 隆司 先生
現在,半導体プロセスに立脚したマイクロ・ナノ加工技術を如何に生体材料の研究に応用するかは,加工技術を専門としてきた我々にとって非常に重要な課題である.そもそもマイクロ・ナノ加工技術を用いたMicro Electro Mechanical Systems(MEMS)やMicro Total Analysis Systems(MicroTAS)が電気,機械,化学工学などに立脚した学際領域である上に,それらを用いてさらに生体材料のサイエンスに貢献しようという試みはよりチャレンジングである.マイクロ・ナノ加工技術を単なるツールと考えてサイエンスを追究する研究,あるいは逆に生体材料をツールと考えてマイクロ・ナノエンジニアリングを推進する研究,いずれのアプローチも重要と考える.
本講演では,まずMEMSやMicroTASの背景から紹介する.そして,我々の研究グループが推進してきたモータタンパク質とマイクロ・ナノ加工技術の融合研究を例に分子スケールでのアプローチを,また微小流体デバイス内での血管新生アッセイを例に細胞スケールでのアプローチを紹介する.マイクロ・ナノ加工技術に触れたことのない異分野の研究者にとっても,どのように利用することができるのかをイメージしていただけるようご紹介したい.
日時:2015年3月18日(水)17:30-19:00
場所: 九州大学病院キャンパス 基礎研究A棟1Fセミナー室
演者: 慶應義塾大学医学部解剖学教室 仲嶋一範 先生
大脳皮質の神経細胞は、脳室面近くで誕生し、辺縁帯直下へと移動した後、誕生時期をほぼ共通にする細胞同士が集合して、脳表面に平行な6 層からなる多層構造(皮質板)を形成する。この際、遅生まれの神経細胞は早生まれの細胞を乗り越えて辺縁帯直下で移動を終えるため、最終的にinside-out様式で層構造が形成される。辺縁帯に存在するCajal Retzius細胞から細胞外に分泌されるリーリンが欠損するリーラーマウスでは、層構造が全体として逆転するという大きな表現型を呈するため、1995年にリーリンが発見されて以来多くの研究者の興味を引き、様々な生化学的経路が報告されてきた。しかしながら、リーリン発見から長年経過した現在でも、その生物学的な機能、すなわち移動神経細胞に対していかなる変化を引き起こすことによって正常な層形成を実現するのかは未解決のままである。
リーリンは、脳室面から移動してきた細胞の「移動停止シグナル」と考えるのが一般的であったが、最近我々は、リーリンがin vivoにおいて細胞の凝集を誘導することを見いだした。興味深いことに、細胞はリーリンが異所的に局在する部分に向かって放射状に配列するとともに、樹状突起を中心部に向かって発達させること、さらに、その中心部(リーリン存在部位)からは細胞体が排除されてしまうことを見いだした。また、後輩の神経細胞は先輩の神経細胞を乗り越えて中心部近くまで進入して停止することもわかった。すなわち、その様子は、辺縁帯におけるリーリンと、その直下で移動を終える正常細胞の挙動との関係に酷似していた。この結果は、リーリンは単純な「移動停止シグナル」ではないことを示唆するとともに、辺縁帯直下におけるinside-out様式での細胞配置や樹状突起形成を引き起こすためにはリーリンという単一分子の作用で十分であり、脳表面の他の構造は不要であることを強く示唆する。そこで次に、リーリンが本来産生される辺縁帯の直下において同様の細胞凝集がみられるか検討した。その結果、移動を終えたばかりの未熟な神経細胞が皮質板最表層に帯状に密に配列していることを見いだし、primitive cortical zone (PCZ)と命名した。放射状グリア線維を足場として移動(locomotion)してきた細胞は、先導突起の先端が辺縁帯に到達すると、先端部をアンカリングさせて突起を短縮し細胞体を一気に皮質板最表層にまで持ち上げるterminal translocationと呼ばれる移動様式に変換するが、我々は、ちょうどPCZの直下に到達した細胞が移動様式を変換し、terminal translocationを起こしてPCZ内を通過していくことを見いだした。そして、このterminal translocationが正常に起こることが、最終的なinside-out様式での層形成にとって極めて重要であることを明らかにした。さらに、この移動様式の変換をリーリンが制御しており、integrinαβを細胞内から活性化し、terminal translocationを引き起こすことがわかってきた。
本セミナーでは、リーリンの機能を中心に大脳皮質の構造が作られるしくみについて議論したい。
細菌の運動は昔から研究されていて、
びっくりするような奇妙な運動様式も知られています。
講師の和田先生は、物理の立場から、細菌の動きのメカニズムに関して
非常に良い仕事をされています。
興味のある方は、どなたでもご参加ください。
種々のバクテリアの運動のムービーに関しては、以下のリンクをご覧ください。
http://bunshi5.bio.nagoya-u.ac.jp/~mycmobile/video/index.php?category=2&key=Spiroplasma
http://bunshi5.bio.nagoya-u.ac.jp/~mycmobile/video/index.php?category=2&key=johnsoniae
演題:細菌の動きの生成原理をメカニクスから考える
日時:2015年1月30日(金)15:00-16:00
場所: 九州大学病院キャンパス 基礎研究A棟第二講義室
演者: 立命館大学理工学部物理科学科 和田浩史先生
バクテリア(細菌)はじつに多様な動きを示します。それらは多数の超分子が協調的に集合して生み出される生命現象ですが、同時に力学的な現象でもあります。細胞レベルという「マクロ」なスケールでみると、細菌はたしかに、水中や固体あるいは細胞表面といった生息環境の物理的条件に適合した動き方を実現していることがわかります。力学の視点を通してみると、一見不思議にみえるかたちや変形、鞭毛やその他の突起物などが、じつは、ある意味たいへんに合目的的であることがしられるようになります。大腸菌のような典型例だけでなく、ユニークな動きを示すバクテリアの具体例を中心にして、そのようなお話しを展開したいと思います。セミナーでは、なるべく数式を交えず、重要な概念だけをうまく描き出すように努力するつもりです。
参考論文
1. PRL 99, 108102 (2007)
2. PRL 111, 248102 (2013)
日時:2014年2月7日(金)14:00-15:00
場所: 九州大学病院キャンパス 基礎研究A棟二階セミナー室
演者:理化学研究所 望月理論生物学研究室 立川正志先生
真核細胞にはさまざまな形態をした生体膜からなる膜系オルガネラがあり,それぞれの形態と深くリンクした細胞機能を担っている.オルガネラの形態は電子顕微鏡等により観測・理解が進められているが,その小ささ故,その動態の直接観測は困難である.一方,オルガネラサイズの物体の運動・変形においては熱ゆらぎが支配的となり,その形態形成に自己組織的メカニズムが働いていることが期待される.そこでこの性質に注目して,我々は物理に基づいたオルガネラ動態の理解を目指し,理論生物学の立場から研究を進めている.
研究を進める上で,まず我々は生体膜の計算機シミュレーターを作成した.膜形態が蓄えるエネルギーは弾性膜の理論から計算される.このエネルギーをもとにモンテカルロ法を用いて膜形態の変化を記述した.このシミュレーターを用いて,現在,ゴルジ体再集合過程を含む様々なオルガネラ形態の理解に取り組んでいる.ゴルジ体は扁平な袋状の生体膜が層状構造をなし,整然と複雑かつ組織化された形態を示している.再集合過程は細胞分裂後の各娘細胞で小胞が集合してゴルジ体を形成する現象で,この過程はin vitroで再構成されている.このことは,ゴルジ体の形態が膜とその表面で起こる反応のみに依存して自己組織的に作り出されることを強く示唆しており,膜系オルガネラの形態の物理を考える上で良い題材となっている.膜シミュレーターを用いた計算を繰り返すことにより,我々はゴルジ体の形成・安定化に必要なゴルジ体構成膜の物理パラメータのとりうる範囲を求めた.また,膜融合過程を制御することが,再集合過程においてゴルジ体の形態を生成させるために重要であるという示唆を得た.
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1/29に、神戸大学の植村明嘉先生のセミナーを行います.
網膜血管の発生について、基礎からわかりやすく説明していただく予定です.
興味のある方は、どなたでもご参加ください。
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日時:2014年1月29日(水)14:00-15:00
場所: 九州大学病院キャンパス 基礎研究A棟一階セミナー室
演者:神戸大学大学院血管生物学分野 植村明嘉先生
マウス網膜では出生直後から血管発生が開始するため、血管網の形成過程を経時的に観察できることに加え、遺伝子組換えや薬剤投与による分子操作が容易におこなえる。こうした利点を活かし、近年ではマウス網膜血管の研究成果を基に、血管新生の普遍的原理を解明しようとする機運が高まっている。これまでの研究により、増殖因子や細胞間接着を介した内皮細胞・ペリサイト・アストロサイト・ニューロンの相互作用が、網膜血管のパターン形成を制御することが明らかにされている。特にVEGFとsemaphorin 3E(Sema3E)は内皮細胞の遊走運動を拮抗性に制御するが、これらの相反するシグナルが個々の内皮細胞において如何に統合されるのかについては不明であった。
我々は低分子量G蛋白質RhoJが、Sema3Eによるアクチン脱重合を媒介すると同時に、VEGFシグナルの持続時間を制御することを見出した。その結果、RhoJノックアウトマウスの網膜血管は多様な形態異常を呈するが、癌や虚血網膜症などVEGFが過剰に存在する状況では、RhoJの欠失により血管新生が抑制されることが明らかとなった。こうしたシグナル分子に加えて、血流や酸素濃度などの微小環境が網膜血管のパターン形成に及ぼす影響を包括的に理解することにより、網膜血管発生を人工的に再現することが今後の課題と考えられる。
感覚組織におけるモザイク様細胞配列形成のメカニズム
日時:2013年6月27日(木)14:00-15:00
場所:九州大学病院キャンパス 基礎研究A棟二階セミナー室
演者:神戸大学・大学院医学研究科 分子細胞生物 冨樫 英先生
細胞選別とは、複数の細胞タイプから構成されている組織の細胞を解離した後、混合培養すると、集合体の中でそれぞれの細胞が選別され、元の組織構造が再構築される現象である。細胞選別現象が実際の個体の組織形成過程に関与しているかどうか、個体レベルで検証された例は限られている。哺乳類の内耳蝸牛管にある聴覚上皮では、支持細胞によって感覚細胞同士が決して接しないように分離されており、2種類の細胞が市松様に配列している。
最近 私どもは内耳の市松模様様の細胞配列が細胞接着分子ネクチンによって制御されることを見出した。ネクチンはタイプ間でホモフィリックにもヘテロフィリックにも結合できるが、ヘテロフィリック結合がホモフィリック結合より強い。マウス聴覚上皮では、感覚細胞と支持細胞においてそれぞれネクチン-1とネクチン-3が相補的に発現していた。これらのネクチン遺伝子をノックアウトしたマウスでは、正常な市松模様の細胞配列が形成されなかった。すなわち感覚細胞と支持細胞間で発現している異なるネクチンがヘテロフィリックに相互作用することが市松様細胞配列の形成に必須であった。
その後、さらに複雑な細胞配列の分子機構を解明する目的で、マウス嗅上皮の細胞配列に着目し解析を行っている。本セミナーでは、ネクチンとカドヘリンによる細胞選別機構に着目した聴覚上皮と嗅上皮における細胞配列機構について、最近の成果を紹介したい。
参考文献:
1. H. Togashi et al., Science 333, 1144–1147 (2011).2013.4.11 バイオメディカルイメージングのための自動画像分類法の開発
東京大学 大学院新領域創成科学研究科 朽名夏麿先生、桧垣匠先生をお迎えし、下記内容でセミナーを行います。
興味のある方はぜひご参加ください。
日時:2013年4月11日(木)14:00-15:00
場所: 九州大学病院キャンパス 基礎研究A棟二階セミナー室
演者:東京大学 大学院新領域創成科学研究科 朽名夏麿先生、桧垣匠先生
要旨:イメージング技術の進歩により,生命科学・医用研究で撮影される画像は日夜蓄積している.得られた多量の画像の自動分類は,解析に伴う負担とコストを軽減し,バイアスやミスを減らす重要な技術である.しかし画像分類の効率化・自動化は,バイオメディカルイメージングの特色とも言える多様性・多目的性が障害となり,普及していないのが現状である.
こうした状況を踏まえ,私たちは汎用性を備えた自動画像分類法について検討してきた.
私たちはコンピュータがユーザに質問を重ねることで学習を進める能動学習(active learning)によるオーダーメイドな分類の仕組みを採用した.そして専門家のもつ知識を対話的に収集し,多種多様な評価尺度の組合せの中から目的に相応しい分類基準を探し出すソフトウェア CARTA (clustering-aided rapid training agent)の開発に至った.
発表では,CARTA と,その基盤となっている自動画像分類の枠組みについて紹介し,さらにフリーの画像解析ソフトウェア ImageJ 上での画像分類のデモンストレーションを示したい.
参考文献:N. Kutsuna et al., Active learning framework with iterative clustering for bioimage classification, Nat Comms 3, 1032 (2012).
九州大学大学院医学研究院 生体制御学講座 系統解剖学分野 三浦岳(092-602-6048)