Research

Our Mission

霊長類の脳回路を計測・操作し、不安と葛藤の適切なコントロールを目指します

近年、不安障害、強迫性障害やうつ病の治療のために、 局所回路の操作による行動変容が注目されています。しかし、不安や意思決定に関わる領野とその機能は、まだ十分にわかっていません。そこで、私は、ヒトと相同の脳構造を持つ霊長類を対象として、情動回路の体系的な研究を行います。特に、不安の定量化に有効な、「接近回避の葛藤課題」を用いて、価値判断に因果的にかかわる神経回路を同定します。さらに、局所回路の操作をすることで、不安や意思決定のコントロールを行います。薬理学的回路操作や多電極記録法といった生理学的手法と、トレーサーウイルスなどの解剖学的手法、fMRIなどの脳画像法、さらに化学遺伝学などの遺伝学的手法を組み合わせ、機能と結合関係を包括的に明らかにしていきます。

Goals at ASHBi

不安、気分、意欲、あるいは、好き嫌いの価値判断は、⼤脳辺縁系から⼤脳基底核まで脳内に広く散在する回路で情報処理され、⾏動に⼤きな影響を与えています。雨森グループは、神経科学の分野で培ってきた認知・情動に関する脳と行動解析の手法を用いて、ASHBiの目標である「ヒトに付与された特性の理解」と「ヒトに付与された特性の破綻による病態解明」ために、ヒトと相同な大脳辺縁系を有するマカクザルを対象に、その行動・神経メカニズム解析を行います

我々は、神経制御手法と計算論モデルの二つをうまく組み合わせて、不安障害、うつ病といった精神疾患のメカニズムの解明や適切なコントロールを目指しています。不安の意思決定への影響を定量的に扱うため、特に「接近回避葛藤」という概念に着目しています。私たちの日常の意思決定では、コストと利益のバランスを考えなければならないことがよくあります。例えば、ある選択をすると報酬と同時に罰が与えられる場合、意思決定は接近回避の葛藤を伴います。我々は、マカクザルに報酬と罰のセットを受け入れるか、拒否するかの意思決定を行わせ、その選択パターンから、サルがどれほど悲観的であるかを推定しました。まず、帯状回皮質や線条体を局所刺激し、意思決定がどのように変化するかどうかを調べました。すると、帯状回皮質の局所刺激により悲観度が上昇することを見つけました。線条体の刺激では、こうした悲観的な意思決定に対する固執が引き起こされました。刺激効果のあった部位にトレーサーウイルスを注入したところ、前帯状回皮質膝前部―ストリオソーム経路という特徴的な神経回路が関わっていることがわかってきました。こうした葛藤に関わる特徴的な神経活動は、ヒトでも見られることが次第に明らかになりつつあります。このことから、帯状回皮質や線条体の過剰な活動が、ヒトを含む霊長類を不安にし、柔軟な意思決定を阻害するのかもしれません。

研究主題1: 遺伝学的手法を用いたマカクザルの不安回路の機能解明と制御

辺縁皮質を起点とする大脳皮質-大脳基底核-ドーパミン回路に焦点を当て、辺縁皮質が不安や気分障害を引き起こすメカニズムを解明します。我々のこれまでの研究から霊長類の辺縁皮質の下流域には、線条体ストリオソーム構造があることが分かってきました。また、近年の齧歯類の研究で、このストリオソームの下流には、黒質ドーパミン細胞があることが明らかになりつつあります。このことから不安障害で見られる罰の過大評価はストリオソームによる DAの活動抑制によって引き起こされる、という仮説を立てています。この仮説を化学遺伝学などの遺伝学的手法と、電気刺激法による経路同定法などを用い、霊長類にて検証し、悲観的な価値判断の生成メカニズムを解明します

図1.pACC、cOFC はドーパミン制御に関わるストリオソームに投射する。pACC、cOFCは、ドーパミンを介した不安や気分障害を引き起こす起因となっているかもしれない。

研究主題2: 霊長類大脳辺縁系の領野間相互作用の機能解明と制御

霊長類は、齧歯類と比較して脳のサイズが非常に大きく、その豊富な領野間相互作用は、進化によって獲得されたものの一つと考えられます。ヒトのMRI、MEG、EEG研究が進み、霊長類の脳は領野間の大規模ネットワーク(large-scale network)によって、価値判断・意思決定に関わる高度な情報処理が行われていることが分かってきました。特に、ヒトやマカクザルの辺縁皮質にはVon Economo Neuron (VEN) という巨大ニューロンや、扁桃体(Amygdala)を中心とした神経振動の同期現象が、辺縁系領野間の信号伝達に重要な役割を果たしているのではないか、と考えられています。我々は、微小電気刺激とfMRIを組み合わせ、相互作用が行われる長距離関連領野を同定し、そこに記録電極を刺入し、神経振動による領野間相互作用を明らかにします将来的には遺伝子改変マカクザルのAIの領野間相互作用の特徴をEM-BOLD法と神経活動記録法を組み合わせて解明します。

図2. EM-BOLD法による不安ネットワークの同定。ACCのEM (中) による活動増加 (右)。ACCだけでなく、線条体、扁桃体という、距離が離れた部位でも活動増加が見られた。同じACC部位のEMにより、回避選択の頻度が増加した(左)。意思決定の境界でとくに回避選択が増加し(黄丸)不安が誘導されたと解釈された。

Our Past Research

我々は、これまで「ヒトの心のメカニズムの解明」を目指して、ヒトと相同な脳構造を有する非ヒト科霊長類(特にマカクザル)を対象として、神経生理学的手法による機能同定の研究を行ってきました。特に「不安」に関わる神経メカニズムの解明を目指して、マカクザルの前帯状皮質-線条体における情動回路を対象として生理学・解剖学・計算論による研究行ってきました。

1 前帯状皮質膝前部(pACC)に「不安」の源がある

報酬と同時に罰があたえられる場合,その報酬と罰のセットを受け入れるか(接近)、受け入れないか(回避)、という意思決定に関して心理的な葛藤が生じます。これは「接近回避葛藤」とよばれ、心理学における重要な概念のひとつです。葛藤は不安やうつといった情動や気分と関係が深く、抗不安薬の投与によって変化することが知られています。私は、この接近回避葛藤を行動課題に取り入れ、不安の生成に因果的に関わる大脳皮質-大脳基底核回路(特に辺縁系ループ)の機能同定を行ってきました。マカクザルに報酬と罰のセットを受け入れるか、拒否するかの意思決定を行わせ、その選択パターンから、サルがどれほど悲観的であるかを計算論的な手法を使って推定しました。

まず、前帯状皮質膝前部(pregenual anterior cingulate cortex, pACC)を局所刺激し、意思決定がどのように変化するかどうかを調べました。すると、刺激により計算論で導かれた悲観度のパラメータが特徴的に上昇することを見つけました(図3)(Amemori, Graybiel, Nature Neurosci., 2012)。さらに、微小電気刺激によって悲観度を上げたのち、抗不安薬を筋肉注射すると、異常な回避選択が消失しました。このことから、pACCの異常活動は罰の過大評価を誘導し、「不安」に似た悲観的な意思決定を導いたと考えられます。

図3.pACCは悲観的な意思決定に因果的に関わることを発見しました。A. pACCの刺激前(上図)と刺激中(中図)を比較すると、回避の選択が増えました(下図)。B. これは、罰の過大評価と解釈されました。C. 刺激は pACCに限局していました。

更に、我々は、ヒトにマカクザルと同様の葛藤課題を行ってもらい、fMRIによって神経応答を調べ、接近回避葛藤に関わる神経活動が、マカクザルとヒトで共通することを明らかにしました(Amemori et al., J. Neurosci., 2015; Ironside, Amemori et al., Biol. Psychiatry, 2020)(図4)。このことから、pACCの神経メカニズムは、ヒトとマカクザルで共通すると考えられます。

図4.ヒトとマカクザルは「接近回避葛藤」に対して共通した神経応答を示しました。A. ヒト pACC(左)とマカクザルのpACC(右)はともに罰の提示に対して共通した応答を示すことを明らかにしました。B. ヒトの罰に対するBOLD信号。C. 罰に対して応答するマカクザルのニューロン分布。pACCで優勢でした。

2 pACC-線条体ストリオソーム経路が「不安」の生成に因果的に関わる

マカクザルpACCは、認知をつかさどる広範な前頭前皮質との相互結合があるのみならず、扁桃体などの皮質下構造とも関係が深いことが知られ、認知と情動の結節点に位置します。しかしながら、pACCがどのようなネットワークを形成し「不安」の生成に関わっているかは、まだわかっていません。そこで筆者らは、「不安」生成に因果的に関わるネットワークの同定を、生理学と解剖学を組み合わせることで行いました。pACCにおいて、悲観的な意思決定に因果的に関わる局所部位を微小電気刺激実験で同定したのち、刺激効果のあった部位に順行性トレーサーウイルスを注入し、関連するネットワークを調べたところ、線条体ストリオソーム構造に優先的に投射することがわかりました (Amemori, Amemori et al., Eur. J. Neurosci., 2020)(図5)。我々のグループは、対応する経路を齧歯類で探し、ラットの前辺縁系皮質(PL)から線条体への投射がストリオソームにほぼ選択的であることを突き止め、光遺伝学を用いてPL-ストリオソーム経路の選択的な抑制をおこないました。ストリオソーム入力の抑制により、ラットは罰を意識しなくなり、「不安」行動の減少が見られました(Friedman et al., Cell, 2015)。これにより、線条体ストリオソーム構造が「不安」行動に因果的に関わることが明らかになりました。これら一連の研究から、70年代に解剖学的に同定されたが、これまで機能が全く分からなかった線条体ストリオソーム構造の機能の一端が初めて明らかにされました。更に、ストリオソームの下流域の構造をマカクザルで調べました。ドーパミン制御に関わる手綱核の神経活動を記録中に、ストリオソーム経路を刺激することで、手綱核での神経応答を確認し(Hong et al., Curr. Biol., 2019)、ストリオソームがドーパミンの活動の制御を通して「不安」の制御を行っている可能性を示しました。

図5. ストリオソームに投射するcOFCは「不安」の生成に因果的に関わります。A. cOFCは扁桃体からの強い入力を受けます(Ghashghaei et al., 2007)。B. cOFCで電気刺激により回避行動が誘導された局所領域にトレーサーを注入。C. cOFCから線条体への投射(左)。 線条体ストリオソーム構造(中)。 二つの染色を重ね合わせて(右)比較したところストリオソーム構造への投射が優勢でした。

4 頭から離れない持続的な「不安」の源となる神経メカニズムを解明

以上のことから、pACCと線条体は結合関係があり、「不安」生成に共通した機能を持つと考えられます。それでは、pACCと線条体に機能の違いはあるのでしょうか?これを調べるため、マカクザル線条体の尾状核(CN)を対象として微小電気刺激実験を行いました。すると、線条体の刺激は、「不安」生成だけでなく、強迫性障害に似た悲観的な価値判断の固執を引き起こすことがわかりました(Amemori et al., Neuron, 2018)(図6)。強迫性障害では、自己モニタリングは正常で、自分でもわかっているのに無意味な行動を繰り返してしまいます。線条体の異常活動が起因となる疾患では、こうした強迫性障害に似た固執現象が生成されるのかもしれません。

図6. CN局所刺激により悲観的な価値判断が持続しました。A. CN局所刺激で悲観的な回避選択の固執が引き起こされました。 B. サルの接近/回避の意思決定を試行回数ごとに並べたもの。刺激前と刺激後で同じ報酬(赤)と罰(黄色)の系列を提示しました。CN 刺激では、異常な連続回避選択が引き起こされました。

5 計算神経科学による大脳基底核の機能モデル

系列学習や手続き記憶の学習には、大脳基底核が重要な役割を果たしています。しかし、そのメカニズムはまだわかっていません。我々は、系列を分割して学習するモジュール型強化学習モデルを提案し、系列行動の切り替えが大脳基底核の回路で実現できることを示しました(Amemori et al., Frontiers Hum. Neurosci., 2011)。これにより、ストリオソームとマトリックスがひとまとまりとなってモジュールを形成し、コリン作動性介在細胞がモジュール選択に関与する可能性を示すため、数理シミュレーションを行いました図7)。また、こうした手続き記憶の学習に、系列行動の効率をコードする線条体ニューロンが関わることを、実験によって実証しました(Desrochers, Amemori et al., Neuron, 2015)。このように私は、課題遂行中の霊長類のニューロン活動記録はもちろん、多数の領野からの同時記録を実現しました(Feingold et al., 2012, J. Neurophysiol.)。更に、局所回路の操作法を導入し、不安に因果的に関わる神経回路の同定を、ヒトと相同な脳構造を持つマカクザルにおいて行ってきました。

図7. 系列学習を説明する大脳基底核の数理モデルA. 強化学習のactor-critic構造は大脳基底核モジュール構造が対応します。B. シミュレーション結果。ブロックごとに報酬位置が突然変化する環境下でも、モジュール切り替えが行える場合、報酬の位置の変化に即座に適応する学習が実現できます。

精神医学で長らく課題とされてきた霊長類の大脳皮質-大脳基底核の情動回路の因果的な同定が、現実のものとなろうとしています。時間のかかる難しい実験ばかりですが、重要性を認識し、粘り強く、日々研鑽、努力を続けていきます。

主な業績 (+: equal contribution)

  1. Amemori, Graybiel (2012) Nature Neurosci. 15: 776.

  2. Amemori, Amemori, Graybiel (2015) J. Neurosci. 35: 1939.

  3. Ironside+, Amemori+, et al. (2020) Biol. Psychiatry 87: 399.

  4. Amemori, Amemori, et al. (2020) Eur. J. Neurosci. 51: 73.

  5. Friedman, Homma, Gibb, Amemori, et al. (2015) Cell 161: 1320.

  6. Amemori+,Amemori+, Gibson, Graybiel (2018) Neuron 99: 829.

  7. Amemori, Amemori, Gibson, Graybiel (2020) Frontiers Neurosci. 14: 89.

  8. Amemori+, Gibb+, Graybiel (2011) Frontiers Hum. Neurosci. 5: 47.

  9. Desrochers, Amemori, Graybiel (2015) Neuron 87: 853.

  10. Feingold,…, Amemori, Graybiel (2012) J. Neurophysiol. 107: 1979.