熊本地震で被災し、不通になっていた南阿蘇村の阿蘇長陽大橋(276メートル)と戸下大橋(381メートル)を含む村道(栃の木〜立野線)が開通し,峠越えの必要がなく楽に行けるようになったというので,高森の休暇村南阿蘇まで足を延ばしてみた.長陽大橋周辺の景色は大きく様変わりし,以前を知っている者にとっては心が痛む景観であった.立野火口瀬の斜面崩壊状況や応急工事の現状については橋の上から撮影した動画がYouTubeに投稿されているので,そちらを見てほしい.国道325号線の高森交差点まで約500mの地点のパーキング付近から根子岳が見えてきたので,さっそく地震後初の裏阿蘇からの写真を撮った.
2017年11月10日
ススキ,杉林,その奥に根子岳の威容が見えるが,道路に近いところにはセイタカアワダチソウが繁茂していて何となく違和感を覚えた.4年前の2013年ストリートビュー(下図)ではススキが優勢でセイタカアワダチソウはわずかである.
2013年11月
ススキはセイタカアワダチソウの旺盛な繁殖力に圧倒されているようである.その原因は,他感作用 (アレロパシー,allelopathy) に起因すると言われている.他感作用とは,ある種の生物がなん らかの化学物質を排出して他の生物に影響を及ぼ す現象とされている. ササの葉の揮発成分で紹介したフィトンチッドが植物ー微生物の敵対関係であるのに対し,アレロパシーは植物ー植物の敵対関係ということができる.対植物の場合,根や葉から化学物質を放散 して他の植物の生長を抑制する. セイタカアワダチソウの場合は,根からポリアセチレン系のdehydromatricaria ester (DME) が分泌され,周辺植物の成長を抑え込んでしまう.
DMEには,次図に示すようなユニークな構造を有し,二重結合部位の幾何異性体が存在する.一般には cis 体の存在が多いようである.
次図は密度汎関数法(DFT) で求めたトランス体の構造である.8個の炭素原子が一直線に列んだ「槍」あるいは「鉄砲」のような立体構造を有し,二重結合酸素ー末端メチル炭素間の直線距離(=HC ——- CH3)は trans 9.239Å ,cis 9.234 Å である.三重結合距離は1.218--1.228Å,三重結合間の単結合距離は1.352-1.356Åである.半経験的分子軌道計算(PM6)でも同等の結果が得られた(trans 9.197 Å ,cis 9.199 Å).
HOMO, LUMO 軌道エネルギー (EV) は,それぞれ -9.710, -1.187である.LUMO の低さから強力な電子受容性を有していることが分かる.分子レベルの成長阻害機構についての研究報告が待たれる.
HOMO LUMO
セイタカアワダチソウには,ポリアセチレンのほかにジテルペノイド,ポリフェノールも含まれている.詳細は参考論文を見てほしい.
同 じ帰化雑草の仲間の ヒメ ジョオンなどでは,末端三重結合が二重結合,さらにはエタンになった類似構造のcis-ME, cis-LEなどが含 まれており, LEはDMEに 匹敵する成長抑制活性を示す ことが知られている.
matricaria_ester Lachnophyllum ester
ひと頃,セイタカアワダチソウの大繁殖でススキは全滅すると言われていたことがあるが,平成になるとその勢いにかげりが見られ,ススキが盛り返してきたという記事を読んだことがある.セイタカアワダチソウはDMEを分泌して周囲の植物の成長を阻止し大繁殖するが,やがて土地の栄養分が枯渇すると,自分自身の成長を抑制してしまうことが確認されている.
セイタカアワダチソウは明治時代に萩の代用品として導入されたが,昭和40年代に見られたような大繁殖はみられなかった.当時の農法では土地は貧栄養(窒素やリン酸含量の低い)で酸性だった.ところが,戦後の農法変化によって,土質は富栄養,低酸性と化し,それがセイタカアワダチソウの生育を増進させたという見方が主流になっている.セイタカアワダチソウとススキでは必須栄養元素の必要量が異なっている.セイタカアワダチソウは,必須栄養元素であるリン,カリウム,カルシウム,マグネシウムの体内濃度が,他の一般的な植物に比較して 2~3 倍も高いことが明らかになっている.土地を塩化アルミニウムで酸性にするだけでセイタカアワダチソウの生育は抑えられるという実験結果も得られている.
本Webページのホームトップの写真は2015年10月20日の阿蘇北外輪山かぶと岩のススキである.一連の写真の中にセイタカアワダチソウが写っているが,ススキの方が圧倒的に優勢である.かぶと岩展望所は地震で遊歩道が隆起するなどしたため、立ち入りが禁止されていたが,手作りの安全柵を設置し,11月5日約1年半ぶりに一般開放された
参考資料
背高泡立草、学名:Solidago canadensis var. scabra または Solidago altissima.キク科アキノキリンソウ属の多年草.
総説 植物の生理活性物質に関する有機化学的研究 - J-Stage
「セイタカアワダチソウ」の繁茂抑え植生回復させる技術を開発:農業環境技術研究所
フィトンチッド - Wikipedia ササの葉の揮発成分で紹介したフィトンチッドが植物ー微生物の敵対関係であるのに対し,アレロパシーは植物ー植物の敵対関係ということができる.
阿蘇長陽大橋周辺の様子はYouTubeに投稿された動画を参照してほしい.