今回紹介するのは,以前に紹介した「Albatrossenes:大きい裂け目を有するポリフェニル多環式芳香族炭化水素」というタイトルの論文に掲載されている5個の結晶構造の詳細である.
以前,結晶抱接化合物 (clathrate) の研究をしている頃に目にした論文の一つである.化合物によって異なるが,結晶化の際にニトロベンゼン,トルエン,ジクロロメタン,メタノール,クロロフォルム等が "solvate(溶媒和)"していると著者らは記述している.CCDC (the Cambridge Structural Database Center) には5個の化合物のX線解析結果が登録されているが,最初の化合物だけ溶媒和した化合物(ニトロベンゼン,トルエン)の座標が含まれている.Albatrossenesが結晶格子の隙間に低分子化合物を取り込むホストとしての機能を有しているのではないかと思われるが判然としない.
注)クラスレート(Clathrate):結晶格子によって作られた空間の中に分子が取り込まれ,共有結合することなしに安定な物質として存在する. 包摂化合物ともいう.具体的な例は参考資料の図を見てほしい.
Ling Tong, Douglas M. Ho, Nancy J. Vogelaar, Clarence E. Schutt, and Robert A. Pascal*
Department of Chemistry, Princeton University, Princeton, New Jersey 08544
J. Am. Chem. Soc., 1997, 119 (31), pp 7291–7302
DOI: 10.1021/ja971261k
Publication Date (Web): August 6, 1997
投稿誌,巻号,頁を入力して,CCDCに登録されているデータを検索すると以下の5件がヒットした.
各化合物について結晶構造を精査した結果を以下に示す.なお,構造の理解が深まることを期待して,別の分子描画ソフト(PyMol等)を用いた図も示した.化合物名の後ろにnitrobenzene solvate等の記述があるのは,clathrate形成によるものと考えられる.
RIQMAF
RIQMAF拡大図
Avogadroによる描画(拡大図)
RIQMIN
RIQMOT
RIQMUZ
結晶構造の動画(20秒間)
ネットワークの速度により異なりますが,データの読み込みに少々時間が必要です.
今回紹介したX線解析構造がアホウドリに見えるか否かは個人によって異なると思いますが,いかがでしょうか.
論文のサマリーに書かれている付加反応手順に従って逆合成解析をすると左図が得られる.
the addition of tetraphenylbenzyne to the appropriate polyphenyl biscyclopentadienones
Diels-Alder反応(4π+2π反応)による付加体が得られた後,付加体は脱カルボニルによって芳香化して,ナフタレン環を形成し安定化すると考えることができる.
下図に示すように,この種の反応は,一般に150℃程度の高温で行うので,Diels-Alder反応付加化合物 (中間体,IM) は単離されず,脱カルボニルによって芳香化した化合物が得られる.
ベンゼンの1,3ー位に2個のシクロペンタジエン (polyphenyl biscyclopentadienones) を有する原料化合物の合成
1,3-ジカルボン酸のクロル化
Fliedel-Craft反応によってベンゼンとカップリング
酸化してα-ジケトンに変換
ジフェニルアセトンとAldol縮合させシクロペンタジエノン環を得る
これとtetraphenylanthranilic acidのジアゾ化によって生成するベンザインとDiels-Alder付加,次いで脱カルボニルによってalbatrosseneが生成する(収率は極めて低い).
抱接化合物(クラスレート)について
我々が新しい抱接化合物ホストの一つとして提案したのは,Scheme 1に示す化合物 3a-k のような化合物群である.これらはフェンサイクロンとN-ArylマレイミドからDiels-Alder反応によって簡単に合成することができる.DA付加体を再結晶する際に溶媒を取り込む.2cとの付加体は10種の溶媒すべて取り込み結晶化した.その結晶をX線解析すると溶媒の種類によって異なるが,1:1, 2:1という具合に規則正しくホスト間に取り込まれていることから結晶抱接ホスト機能を有していることが判った.Scheme 2の3aの場合,1分子に7個のベンゼン環を有し,C=O・・H-C,πーπ,edge to face等の相互作用で繋がったホストの隙間に溶媒が取り込まれる.ホストーゲスト間の相互作用は類似の弱結合によるものであり,溶媒の電子的性質によって異なる.そのようなわけで,Albatrosseneの論文が発表された時に上記のようなクラスレートの研究をしていたので,Albatrosseneも類似の機能を持つているのではないかと考えた次第である.芳香環のπーπ,edge to face相互作用については参考資料を見てほしい.
Scheme 2
フェンサイクロンとアセナフチレンのDiels-Alder付加体がクラスレートホストとなりp-キシレンを取り込む
p-キシレンを抱接したDiels-Alder付加体の結晶パッキング図(繰り返し構造の一部)
Cyclopentadienone誘導体の合成は以下の通りである.