重力波とは、ブラックホールなどの非常に重い天体が激しく運動することで生じる「時空のゆがみ」が、波として宇宙空間を伝わっていく現象です。2015年には、連星ブラックホールの合体によって生じた重力波が初めて直接検出され、重力波を用いて宇宙を探る「重力波天文学」が幕を開けました。現在、観測される重力波は主に一般相対性理論に基づく古典的な波として記述されています。一方、現代物理学では、自然界の現象は根本的には量子力学で記述できると考えられています。そうであれば、重力波も本来は量子力学の枠組みで記述されるはずです。しかし、天体から放射される重力波は巨視的な現象であるため、その量子的性質についてはこれまで十分に議論されてきませんでした。
そこで私たちは、連星ブラックホールから放射される重力波を量子力学の立場から解析しました。その結果、この重力波は、「コヒーレント状態(古典的な状態に対応する量子状態)」で非常によく記述できる一方、高次の相互作用によって「スクイーズド状態」と呼ばれる量子的な成分もわずかに生成されることを示しました [1]。
さらに、宇宙誕生直後のインフレーションによって生じた重力波の量子的性質が現在まで残っている場合、その情報が連星ブラックホールからの重力波に受け継がれ、重力子の数の統計に古典理論では現れない特徴が生じ得ることを明らかにしました [2]。こうした特徴は、将来的に重力波の強度相関を測定することで検証できる可能性があります。本研究は、現在観測されている連星ブラックホールからの重力波を利用して、重力の量子性と宇宙誕生直後の重力子の量子状態を探る新たな可能性を提示するものです。
[1] S. Kanno, J. Soda, A. Taniguchi, "Coherent State Description of Gravitational Waves from Binary Black Holes'', Phys. Rev. Lett. 136, 061404 (2026)
[2] S. Kanno, J. Soda, A. Taniguchi, "Binary gravitational waves as probes of quantum graviton states'', Phys. Rev. D 113, 123542 (2026)
量子センシングを用いた高周波重力波の探索
現在の重力波観測では、数十~数千Hz程度の重力波が観測対象となっています。一方、それより周波数の高いMHz~GHz帯の高周波重力波は、現在の重力波干渉系では観測が難しく、ほとんど未開拓の領域です。しかし、この未開拓の高周波数帯には、初期宇宙のインフレーションや相転移、原始ブラックホールなどから生じた重力波が眠っている可能性があります。原始ブラックホールとは、星の崩壊によってできる通常のブラックホールとは異なり、宇宙初期の高密度な領域から形成されたと考えられているブラックホールで、暗黒物質の候補の一つとも考えられています。その存在が確認されれば、初期宇宙の物理を知る重要な手がかりになります。
そこで私たちは、量子センシングとしてリュードベリ原子を用いた、新しい高周波重力波検出器を提案しました。鍵となるのは、重力波を直接測るのではなく、磁場との相互作用によって生じる極めて微弱な電場へ変換し、その電場をリュードベリ原子で読み取るという発想です。電磁誘起透明化(EIT)とスーパーヘテロダイン検出という技術を用いることで、重力波によるわずかな変化を、レーザー光の吸収率の変化として検出します (図1)。
リュードベリ原子を用いた重力波検出器の感度を理論的に評価した結果、約0.3〜16 GHzという高周波数帯を探索できることを示しました [3]。また、GHz帯では振幅が10^{−20} 程度の重力波まで検出できる可能性があります。量子技術を重力波観測に応用することで、これまで観測できなかった周波数帯を切り拓き、原始ブラックホールや初期宇宙、新しい基礎物理の探索につなげることを目指しています。
[3] S. Kanno, J. Soda, A. Taniguchi, "Search for high-frequency gravitational waves with Rydberg atoms", Eur. Phys. J. C 85, 31 (2025)
図1.検出器の概念図。一様一定磁場の背景にリュードベリ原子を閉じ込めたセルが設置されています。リュードベリ原子の4準位系を作るための3つのレーザーが入射されています。測定量は、セルを通過した後のプローブレーザーの吸収率(パワー) であり、この測定から重力波の到来を検出します。
アクシオンは、質量によって暗黒物質(宇宙の全エネルギーのうち約27%を占めるが正体が未解明の物質)や暗黒エネルギー(宇宙の全エネルギーのうち約68%を占めるが正体が未解明のエネルギー)として振る舞う可能性があります。しかし、いまだアクシオンの検出には至っていません。私たちは、直接観測することが難しいアクシオンが、重力波やブラックホール周辺の光に残す特徴から、その存在を探る研究を行っています。
研究[4]では、初期宇宙で形成され得るアクシオンの「ドメインウォール」と呼ばれる壁状の構造を重力波が通過する状況を解析しました。その結果、アクシオンと重力の相互作用によって右回りと左回りの重力波の伝わり方に違いが生じ、通過後の重力波が円偏極することを示しました。特定の周波数ではこの効果が大きくなり、円偏極の観測がアクシオンを探索する新しい手段となる可能性があります。
研究[5]では、アクシオンが存在するブラックホール周辺で光がどのように振る舞うかを調べました。ブラックホールには、外乱を受けた後に現れる固有の振動・減衰パターンである準固有振動があります。計算の結果、アクシオンとの相互作用によって電磁波の振動モードが二つに分裂し、パリティ対称性の破れが現れることを明らかにしました。
これらの研究は、重力波や電磁波の観測を利用して、未知のアクシオンの性質を探る新しい道筋を提示するものです。
[4] S. Kanno, J. Soda, A. Taniguchi, "Circularly polarized gravitational waves in Chern-Simons gravity originating from an axion domain wall", Phys. Rev. D 108, 083525 (2023)
[5] S. Kanno, J. Soda, A. Taniguchi, "Parity violation in photon quasinormal modes of black holes'', Phys. Rev. D 112, 6, 063525 (2025)