キラリティは化学のみならず、物理、生物、鉱物学など幅広い分野に共通する概念です。特に、生体を構成するアミノ酸や糖などにはキラリティが存在し、そのキラリティは一方に偏っていること(ホモキラリティ)が知られています。しかし、なぜ偏っているのか、いつから偏ったのか、どのようにして偏ったのかなどは未だ明らかになっていません。数多くの科学者によって様々な仮説が立てられていますが、この基本的な「問い」に直接的に応えることは非常に困難です。
そこで我々は、新たなキラル分子(主にキラル金属錯体)を設計・合成し、その集合体に対して物理化学・分析化学的アプローチを適用することで、ミクロ~マクロスケールのキラリティについて構造と機能との相関を明らかにし、この「問い」に対する新たな知見や仮説を提示したいと考えています。
キラル金属錯体とは、配位子にキラリティを有する、または金属周りの配位構造に由来したキラリティを有する、金属錯体のことです。特に私たちは後者の、金属中心にキラリティを有する錯体(いわゆる「Chiral-at-metal」錯体)に興味を持っています。最近では、配位不飽和であるにも関わらず、空気中で安定かつ高いキラル構造の安定性を有する5配位キラルイリジウム錯体の合成・単離に成功しています。
K. Takimoto et al., Dalton Trans. 2021, 50, 13256–13263.
https://doi.org/10.1039/d1dt01960k (Outside back cover)
多核金属錯体は単核錯体にはない特異な性質を有することがあります。最近私たちは、配位不飽和な5配位錯体が温度や力学刺激を加えることで溶液中や固体中で単量体-二量体平衡に伴う色変化(赤色⇔黄色)を示すことを見出しました。さらに、この平衡挙動はキラルセルフソーティングと呼ばれるキラル分子の自己識別現象に基づいていることを明らかにしました。
K. Takimoto et al., J. Am. Chem. Soc. 2023, 145, 25160–25169.
シクロメタレート型イリジウム錯体は高い発光特性を有するため、次世代発光素子や光触媒などへの応用が盛んに研究されています。近年、生体内イメージング観察用のプローブ分子としても注目を集めています。私たちはこのイリジウム錯体がキラリティを有することに着目して、生体内キラル分子(アミノ酸やペプチド)のイメージング観察用プローブとして利用したいと考えています。特に、近年様々な疾患との関連が示唆されているD-アミノ酸のキラルセンシングを目指します。
K. Takimoto et al., Dalton Trans. 2017, 46, 4397–4402.
陽イオン性イリジウム錯体は、含水系溶媒中で発光特性が大きく低下します。これは錯体周辺の水分子によってエネルギーが奪われるためです。そこで私たちは、負に帯電した疎水面を有する粘土ナノシートとハイブリッド化させることで、含水溶液中でも高い発光特性を維持できることを見出しました。粘土ナノシートは生体親和性や力学強度が高いことから、生体応用や工学応用が期待されます。
K. Takimoto et al., New J. Chem. 2018, 42, 4818–4823.
https://doi.org/10.1039/c7nj04688j (Inside front cover)