大阪母子医療センター研究所 病因病態部門
松尾 勲部長
演題名:子宮筋収縮によるマウス初期胚発生の制御
多くの哺乳動物は、母体子宮内で栄養・ガスなどを供給されて成長し、十分に発育してから生まれる。その間、栄養やガスの交換以外の子宮内での環境が、胚の発生・成長に重要な役割を担っていると考えられているが、具体的な機能についてはよくわかっていない。このことは、現代において、子宮外で哺乳類胚を正常に発生・成長させる人工子宮などの技術を確立するうえで大きな障壁となっている。
私たちは、子宮内の力学的環境が胚の発生にどのような役割を担っているのかマウスをモデルに用いて研究を進めている。現在までに子宮内部に微小な圧計測カテーテルを挿入して圧力を計測することによって、マウスの妊娠初期に、子宮平滑筋の収縮によって出産期と同程度の大きな圧力が胚にかかっていることを発見した。この時期、マウス胚は子宮内膜に着床、浸潤するタイミングであり、胚盤胞という球状の形態から卵円筒(egg-cylinder)形へと細長く伸長することで前後軸が形成されることがわかっている。この子宮平滑筋の収縮で生じる力が胚を一方向に伸長させることで最初の前後軸が形成されることを見いだした。また、着床直後のマウス初期胚は、胚体外膜の一種である壁側卵黄嚢(ライヘルト膜とよばれる基底膜等から構成されている)に覆われている。この胚体外膜が失われると胚が子宮内で押し潰されてしまうことから、胚体外膜が、子宮側からの圧力を適正に緩衝させる役割を果たしていることが分かった。さらに、高齢化したメスマウスの胚では発生異常が高頻度に観察されることが知られているが、最近、この高齢メスマウスでの胚発生障害が、加齢による子宮筋収縮の異常が原因であることを示唆する結果を得つつある。本講演では、子宮筋収縮によって生じる哺乳動物固有の力学的環境が、胚の発生にどのように機能を果たしているのか紹介したい。
略歴:
1993年 京都大学大学院理学研究科博士後期課程(生物物理学専攻)修了 博士(理学)
1993年 日本学術振興会特別研究員PD
1994年 熊本大学医学部 助手 付属遺伝発生医学研究施設(現、発生医学研究センター)
1998年 熊本大学医学部 助教授
2001年 独立行政法人 理化学研究所 上級研究員(発生・再生科学総合研究センター)
2005年 地方独立行政法人 大阪府立病院機構 大阪母子医療センター 研究所病因病態部門 部長
(兼任)大阪大学大学院医学系研究科 招へい教授(細胞認識機構学)
現在に至る
2007年 大阪府優秀職員賞 受賞
2015年 日本学術振興会 科研費審査員表彰
研究室のホームページ
https://www.wch.opho.jp/research/embryology