世の中は,新型コロナウイルス変異株の一種であるオミクロンの蔓延状態が続いているが,自然の営みは人間社会とは関係なくたくましく,身の回りには今年も梅の花が咲いている.写真は西区島崎と中央区新屋敷の梅花である.
追記 朝霧と梅とメジロ(3月2日,新屋敷)
梅の花を眺めながら,「梅の葉」を使った漢方薬のことを思い出した.以前,近代デジタルライブラリー利用の実際(OCR処理)に関する記事で資料の一つとして紹介した.ところが,本ライブラリーは,現在国会図書館デジタルコレクションに統合されているので,リンク先の変更を兼ねて再度紹介しておきたい.コロナ感染症を克服するため,理論的薬物設計が脚光を浴びている一方で,コロナ後遺症の治療に東洋医学が注目を集めていることを付記しておきたい.
漢方藥の梅雨水とペニシリン
じめじめした梅爾の頃には、衣服にも徴がついて黒くきたなくなる。この様な衣服を、梅の葉を湯で浸出した梅葉湯と云ふもので洗ひ落すと,黒ずんだ水が出る。これを梅雨水と云ふて、漢方では薬の一つとして伎用する。この梅雨水で瘡口を洗浄すると、化鰻もしないで、早く癒ると云ふ.その効能に「洗瘡疥減瘢痕」とある。叉その説明に、梅雨は徽雨とも書くやうに、徽の生え易い五月前後の季節雨を云ふので、この時期には汚れた衣服は黒すんで來る。これは黒黴が生えるためであり、叉この時期の水は醤(味噌)を作るのに使用すると,早く出来るが、酒を醸造するのには不適當であると書いてある。これは味噌の醸造によく作用し、酒の酵母の発育には患い影響を輿へる黴である事が察せられる。
扨て徽にもクモヌスカビ、ケカビ、モツレカピ、青カビ、カウヂカビ、鰹節カピ等多數の種類がある.梅雨水の中にある黴は,學名アスペルギールス,ニグルと云ふ種類のものであらう.アスペルギールス属とは、麹カビ属を云ふので,廿酒や日木酒を造るのに使用する麹?のアスペルギールス・オリゼと云ふ.此等の黴菌類は,蛋白、脂肪、澱紛等を分解したり,一つの糖を他の糖に轉化させたり、酸を作つたりする多数の酵素をもつている.又発育も早く,増殖も盛んであり,微量の栄養素があれぱぐんぐんと発育が出来る.その際の代謝物質中には,他の菌の発育を阻止したり,殺したりするものがが含まれる.それで此の代謝物質を,種々の病原菌で起る病気に薬として使用される事もある.
一般に瘡口がなかなか癒らないのは、化膿菌や他の有害菌がその瘡口に感染しているためである.この主たる病源菌は,葡萄状球菌とか,連鎖状球菌と云われるもので、その形は圓いから球菌属の中に含まれる.
このような球菌属によつて起る病気に、特に有効である藥にペニシリンと云ふものがある.ごれは青カビの発育に際して出す代謝物質である.この代謝物質は種々の病源菌の発育を阻止したり,殺したりする作用がある.この事を初めて見出したのは一九ニ九年英国のフレミングと云ふ人である。ペニシリンは病菌で起る種々の病気に効くが,特に形の圃い球菌属で起る疾患に有効である.この内でも,特種のグラム氏染色液と云不もので染まるグラム陽性菌属で起る病気には特に効果がよい。この染色液で染まらない所謂グラム陰性菌には、些程敷果がないと云はれる.この内でも,腸チブス,赤痢菌のやうに形が棒状をなしてゐる桿状菌で起る病気には効果がない.
それで,此のベニシリソが発見されて以來,ペニシリソで効かない他の病気にも有効に作用するものが,徽類や土壌の中にゐる細菌の代謝物質から作られた.このやうな研究は澤山あつて,中でも一九四一年グソスター氏によつて、アスペルギリンと名づけられたものが発見されてゐる。これは麹黴属の代謝物貰であつて球菌にも桿菌にも強く作用する.麹菌属はアスベルギールス属と云ふ學名であるから,アスベルギソンと名づけられたのである。
叉これと同じ菌属からニグリニンと云ふものも作られた.これは梅雨水の主成分の黒徽と同じ属である.アスペルギリン、ニグリニンの様なものは有効ではあるが,毒性が強いので注射簗としては適さないから、腫物や病巣に塗る膏薬などに入れて使用される。既に梅雨水が瘡口を洗ふことに使用されてゐるのは、長い経験から來たもので,近代の治費法に一つの指示を與へる.今日徽や細苗の代謝物質から、べニシリンや、これに類似の多くの藥が作られたのは、細菌學や生物學の進歩の賜である。然し黒徴が発育して澤山含んでいる梅雨水が,瘡口の薬として記載されてゐるのは,「本草綱目捨遺」と云ふ古い医書にある.これは宗時代に書かれたものであるから,今から約千五百年前である.昔の漢方薬の中には,近代の科學から見て、敬服に値するものが他にも数多ぐあることは見逃し難いと考へる.
参考資料
”漢方藥の梅雨水とペニシリン”,黄塵 : 科学随想(近代デジタルライブラリー)→ 国会図書館デジタルコレクションへ移行
著者 滝田順吾 著(理化学研究所長)
出版者 恒星社厚生閣
出版年月 昭和22
漢方薬 梅雨水(2012年掲載グログ)
(2022.2.20)