トンボ「北方種ほど大型」は本当か
~エゾトンボ科で見る全長と気温の関係~
高校1年生 H. H.
高校1年生 H. H.
こちらは2022年度筑駒文化祭「廻天」の、
筑駒中高生物部公式ホームページです。
ある時、オオルリボシヤンマという、本州の山地や北海道などに生息するトンボの話をしていた時に、こんなことを言われる機会があった。
「やっぱり北方種って大きいんですね」
その時こそあまり反応しなかったが、この言葉はなんとなく記憶に残っており、いつか調べてみたいと考えていたものの、なかなか実行する機会がなかった。
今回、文化祭を迎えるにあたって、ようやくこのテーマに取り組み始めたので、ここにその経過を記したい。
飛翔するオオルリボシヤンマ(筆者撮影)
さて、分布と全長の関係について、ベルクマンの法則には触れざるをえない。
北に行くほど、動物の全長は大きくなっていくというあの法則である。形が相似形だとするとき、体の表面積は全長の2乗に、体積は3乗に比例するので、全長が大きいほど体積に対する表面積は小さくなり、熱を逃がしにくくなるから、というのが一般的な説明となっている。
さて、一見すると、これがトンボに当てはまっていてもおかしくなさそうだが、別の見方もできるのではないだろうか。
トンボは飛ぶときに、巨大な筋肉で翅を動かすため、熱が発生する。これを効率よく逃がさないとオーバーヒートしてしまうだろう。体積(筋肉量)に対する表面積の割合が小さいということは、発生した熱が蓄積されるということでもあるのだ。
そこで、実際にはどのようになっているか知りたく思い、次のような調査を行った。
必要となるのは、トンボの分布図のデータ並びに全長のデータ、そして生息点の気温のデータである。
トンボの分布図については、環境省自然環境局生物多様性センターが実施した「動植物分布調査報告書」を使用した。
なお、このトンボについての調査は2002年までに3回行われており、それ以降は調査項目から外されている。
全国での分布の調査は貴重な資料であるが、果たしてこれから行われることはあるのだろうか。
さて、このように古いデータとはなるが、今回調べる関係は相対的なものであるため、問題はないと考えた。全長のデータについては、文一総合出版「日本のトンボ 改訂版」を参照した。気温のデータについては、年代を合わせるため、気象庁制作の「メッシュ平年値2010」を参照した。
調査対象としたトンボであるが、今回はエゾトンボ科 Corduliidae の12種を対象とした。
エゾトンボ科としたのは、比較的大型で、分布域の狭い種が比較的多いためである。
なお、2002年の段階で種として記載されていたオオエゾトンボ Somatochlora viridiaenea atrovirens は、現在では同種とされているため、2つの分布図を重ね、同一種エゾトンボ Somatochlora viridiaenea として扱った。
エゾトンボ科のエゾトンボ(筆者撮影)
まず、12種を、分布図をもとに3群に分けて、その全長を比較する作業を行った。
3群の定義は以下のとおりである。T.1はそれぞれに分類した種類を示している。
・寒冷種(北方種に相当)
生息点が北よりかつ、その年間平均気温が、おおよそ10℃以下と、低温であるもの。
・温暖種(南方種に相当)
生息点が南よりかつ、その年間平均気温が、おおよそ16℃以下と、低温であるもの。
・広域適応種
生息点が比較的広範囲かつ、その年間平均気温が0℃付近から16℃付近と、広範囲に及ぶもの。
T.1 各群に分類されるトンボ
なお、トラフトンボについては生息点の分布はある程度広かったものの、生息点がほとんど全て14℃程度となっていたため、温暖種という扱いとした。
ここで、3群の全長を♂♀ごとに平均して比較したのが、以下の表、T.2及びT.3の結果である。なお、各種の全長は、「日本のトンボ」をもとに、最小と最大の値の中間値とした。
T.2 群ごとの全長比較(♂)
T.3 群ごとの全長比較(♀)
この結果からみると、決して北方種が大型ということはできないように見える。
ここで注目してほしいのが、標準偏差の大きさである。標準偏差はばらつきの大きさを表すが、ここで寒冷種のそれを見てみると、明らかに他2種のそれより大きい。
詳しく見てみると、寒冷種では、オオトラフトンボとコエゾトンボが♀♂で55㎜越えと大型に、一方カラカネトンボとクモマエゾトンボは50㎜に満たない小型種となっている。 全長が最大の種を見ると、温暖種でリュウキュウトンボの♀57.5㎜、♂55㎜、寒冷種でオオトラフトンボの♀59㎜、♂59㎜と、寒冷種の方が大きい。
トンボの成虫時の大きさは、脱皮をして成長する幼虫の大きさ、すなわちその時の環境や期間によるところが大きいと考えられる。
そこで、「日本のトンボ」の記述をもとに、幼虫期間の長さを種ごとに比較した。(T.4)
温暖種が最短2か月、最長9か月、寒冷種が最短12か月、最長48か月と寒冷種で長くなっていた。
T.4 群ごとの幼虫期間
まず、最初の「北方種ほど大型」は本当か?という問いに対しては、一概にそうとは言えない、ということになるだろう。ただ、寒冷種では大型種と小型種でその全長の差が大きく、大型種では温暖種より大きくなっていることから、全長と生息点の気温に、全く関係がないわけではなさそうである。
種ごとの幼虫期間で、寒冷種が温暖種より幼虫期間が長くなっているのは、幼虫の時の水温が低いために代謝が温暖種ほど活発に行われず、成長に時間がかかるからであると考えられる。このことで結果的に体長が大きくなっている面もあるのではないだろうか。
それではなぜ大型種だけでなく小型種も存在するかについては、その生息環境が関係していることが考えられる。「日本のトンボ」の記述を参照すると、平均の全長が50㎜以下のカラカネトンボとクモマエゾトンボについて、カラカネトンボでは「山地の樹林に囲まれた池沼。高原の池塘(湿原の泥炭層にできる池沼のこと)で見られることもある」、クモマエゾトンボでは、「高山の高層湿原の池塘」となっており、寒冷種の中でも、より高地の湿原地帯に生息していることが示唆されている。
このような環境は一般に貧栄養であるため、全長も大きくなりにくいと考えられる。なお、カラカネトンボは、「山地の樹林に囲まれた池沼」にも生息しているとあり、比較的幅広い環境に生息していると考えられるが、このためか全長の最大値と最小値の差は♀で8㎜、♂で10㎜と、平均値7.7㎜、7.4㎜と比較して、それぞれ大きくなっていることから、同種内であってもその個別の生息環境によって全長に差が生じていることが示唆されるが、これについては実際に複数の生息地での採集調査、水のATP量の比較などを行っていき、今後確かめていきたい。この全長の幅は、広範囲に生息する広域適応種でも大きくなっている。
また、今回興味深かったのが、ほとんどすべての種で♀の全長が♂より大きかった中、カラカネトンボとクモマエゾトンボのみは♂が♀より大きかったことである。これも先ほどの生息環境が関係しているのかもしれないが、詳しく調べていきたい。
今回は、ほぼ全て書籍及びインターネット上の資料を用いた分析となったが、このような形もあるということを知っていただければ幸いである。
しかし、やはり調査の醍醐味は自分の手でデータを集めることにある。今後は今回の調査をもとに、現地で調査を行っていく所存である。
・尾園暁 川島逸郎 二橋亮、「日本のトンボ 改訂版」、文一総合出版、2022、532p
・広瀬良宏 伊藤智 横山透、「北海道のトンボ図鑑」、いかだ社、2007、184p
・生物多様性センター、「日本の動物分布図集」、https://www.biodic.go.jp/kiso/atlas/pdf/8.insects1.pdf、最終確認日2022年10月2日
・気象業務支援センター、「メッシュ平年値2010年」、http://www.jmbsc.or.jp/jp/offline/reference/heikinkion0490.pdf、
最終確認日2022年10月2日