研究テーマについて

Research Themes

核内受容体とレポーターアッセイについて

ヒ ト生体内には核内受容体と呼ばれるタンパク質があります。核内受容体は女性 ホルモンや甲状腺ホルモンのような、脂溶性ホルモンの受容体であり、同時に遺伝子の転写調節を行う転写因子でもあり ます。核内受容体は40種以上が知られており、生体内のホルモン以外にも様々な化合物が「リガンド」として結合することが知られています。核内受容体のリ ガンドは治療薬にも使われていますが、環境中の化学物質も核内受容体に結合する物質があります。本来、ホルモンは必要な時に必要な量だけ放出され、細胞は 核内受容体を介してそれを受け取り、生命活動に必要な特定の遺伝子の発現調節を行います。環境中から取り込まれる化学物質は、生体内のホルモンとは異なり、ヒトの本来の生命活動を無秩序に乱してしまいます。これがいわゆる「内分泌かく乱作用」です。

  我々は、この「偽のホルモン様作用」を検出するために、レポーターアッセイという方法を用いています。AhRレポーターアッセイとは、まず図のように核内受容体が結合する配列をなるべく測定しやすいタンパクの遺伝子(レポーター遺伝子)の調節領域につなぎます。レポーター遺伝子にはβ-ガラクトシダーゼやホタルの発光酵素といった遺伝子を使います。これをヒトと同じ真核生物で最も単純で扱いやすい酵母に導入します。さらにヒトの核内受容体も酵母内に導入することで、ヒトの細胞内で起こる反応を酵母内で起こさせ、さらにそれを簡単に測定することができます。このような酵母を様々な核内受容体ごとに作成して環境サンプル、たとえば河川水や大気粉塵などに含まれるホルモン様物質を測定しています。

参考文献 [1][8][12][13][17][20][26] 

ダイオキシン受容体AhRについて

  ダイオキシン は上述の「核内受容体」に結合する「リガンド」です。ダイオキシンの受容体はアリールハイドロカーボン受容体(AhR)と呼ばれています。AhRはダイオ キシンの他、カネミ油症事件で問題となったPCBや、タバコ煙に含まれる発がん性物質、ベンゾ[a]ピレンも結合する受容体です。このAhRがが無いマウ スでは、ダイオキシンを曝露してもほとんど毒性反応がでません。転写因子でもあるAhRは標的となる特定遺伝子、特に薬物代謝酵素を誘導します。誘導され た代謝酵素はベンゾ[a]ピレンなどの外来化学物質を代謝します。その副反応として生じたDNA付加体は、DNAに突然変異を引き起こして発がんの原因と なるのです。

  このようにAhRという受容体は生体内ではかなり悪さをしていそうです。しかし、AhRが無いマウスは盲腸にがんができたり、免疫系が過剰に反応したり、妊娠中に胎児が死んでtaijiし まうことが分かりました。このことからAhRには生体内での本来の働きがあると考えられますが、未だに完全には解明されていません。また、ダイオキシンや ベンゾ[a]ピレンのような外来性の物質ではなく、体の中には安全なリガンドもありそうです。特に近年ではAhRが免疫系の制御を行っているという報告が 増えてきました。我々はこのAhRの発がん抑制や免疫寛容に対する関与を動物実験や培養細胞実験で調べ、そのメカニズムを探っています。

参考文献 [15] 

βカテニンの転写共役作用と発がんとの関係

βカテニンは細胞膜の裏打ちタンパク質の一つです。一方でβ-カテニンはWntと呼ばれる細胞外シグナルを仲介し、細胞質に蓄積後核内に移行して主に転写 因子Tcf/Lefを介する遺伝子発現を調節することが知られています。通常は細胞質に遊離したβ-カテニンは分解されますが、分解に関わるタンパク質遺 伝子に変異が生じると、過剰なβ-カテニンシグナルは標的遺伝子の転写を増大させ、異常な細胞分裂を促進して発がんを引き起こすと考えられています。家族 性大腸がん(FAP)では、このβカテニン分解系に生じた遺伝子の変異により、若い年齢で大腸がんになるのが特徴です。本研究室では、βカテニンが Tcf/Lef以外にもダイオキシン受容体であるAhRや低酸素応答因子HIFに対して転写の促進作用があることを突き止めました。面白いことにAhRも HIF(HIF-1α)もArntと呼ばれる転写因子を必要とすることから、β-カテニンの転写増強(共役)作用には共通のメカニズムが隠れていると考え られます。我々のβ-カテニンについての研究は始まったばかりですが、発がんあるいはがん悪化のメカニズム解明のきっかけになることが期待されます。参考文献 [23]

植物が作り出す内分泌かく乱物質と昆虫・ヒトとの関わり

植物は一方的に他の生物に食べられるばかりではなく、防御のために毒性物質を作り出していると考えられます。このような植物毒素は、人間界では漢方薬のように薬用物質として使われることもあります。しかし、自然界では植物とそれを食べる昆虫との戦いが繰り広げられているのでしょう。漢方薬に使われる生薬「牛漆」はイノコヅチという植物で、成分としてエクジソンやイノコステロンを含みますが、これはおそらく昆虫からの食害を防ぐために作り出した昆虫変態ホルモンであると考えられます。ところがそんなイノコヅチを食草とするイノコヅチカメノコハムシという昆虫もいます。おそらくこの虫はイノコヅチが作る昆虫変態ホルモンに対して何らかの耐性機構を持っているのでしょう。現在研究室ではこの体制メカニズムを明らかにするべく、各種エクジソン関連遺伝子の解析を行っています。