細胞ゲノム工学研究室では、主にヒトiPS細胞を用いた再生医療に関する研究を行っています。
再生医療とは、病気や怪我などで失われた組織・機能を取り戻そうとする医療技術です。様々な細胞へ分化する能力を持つiPS細胞の研究は再生医療の大きな期待です。ヒトの神経細胞、肝細胞や心筋細胞の分化をin vitroで再現し、分化の過程やそのメカニズムを解明するツールとして、また疾患の原因、病態、発症機序の解明や治療法の開発のためのツールとしてヒトiPS細胞は極めて有用です。本研究室では、ヒトiPS細胞の多能性の本質をエピジェネティクスの観点から理解することを目的として研究を進めています。その一つとしてヒトiPS細胞が株ごとに異なる特定の細胞への分化しやすさ(分化指向性)のメカニズムについて迫っていきたいと考えています。具体的には未分化ヒトiPS細胞と各種分化細胞の網羅的なDNAメチル化情報、遺伝子発現情報、ヒストン修飾情報、クロマチン高次構造情報を取得し、マルチオミクス解析を基本として、BioinformaticsやAI機械学習を用いて人の認知能力では検出が困難であった分子ネットワークの可視化に取り組んでいます。またゲノム工学を用いて、iPS細胞を用いた疾患研究も推進していきます。
以下に主な研究テーマを紹介します。
・ヒトiPS細胞の特性を理解するための研究
その1:ヒトiPS細胞の作成、培養維持に関する研究
より効率的かつ安全・安心なヒトiPS細胞の作成方法の開発を目指します。ヒトiPS細胞の作成方法にはいくつかスタンダードとなるものが報告されていますが、より簡便に、より効率的にiPS細胞が作成できる方法を研究しています。現在、当研究室ではRNAを用いたiPS細胞樹立法を用いてヒトiPS細胞の作成を続けていますが、生体医工学科の他研究室が持つ異分野の技術を融合し、新たなヒトiPS細胞の作成法、培養維持法を開発を試みます。
その2:細胞分化機構に関する研究
iPS細胞は身体の様々な細胞へ分化誘導することが可能です。言い換えれば、培養皿の上で各組織の発生における分化動態を再現できることになります。ヒトiPS細胞の分化誘導系を用いて、細胞の分化とその細胞の機能獲得機構の詳細について解明を目指しています。また、生体医工学科の他研究室が持つ異分野の技術を融合し、新たなヒトiPS細胞の分化誘導法の開発を試みます。
その3:ヒトiPS細胞の未分化機構に関する研究
iPS細胞は身体の様々な細胞へ分化する前の状態(未分化性、多能性)を維持しています。この未分化機構の解明はiPS細胞の根本理解に繫がります。ヒトiPS細胞で特異的に発現する未分化関連遺伝子や組織特異的発現遺伝子等に対してエピジェネティクスの観点から個々の遺伝子領域のゲノム制御機構と相互関係を解析していきます。
その4:ヒトiPS細胞の分化指向性に関する研究
iPS細胞は身体の様々な細胞へ分化する能力(多能性)を持っています。そのため、疾患の根本治療を目指した再生医療ソースとして、また疾患モデルを利用した病態解明や薬剤探索を行うための強力なツールとして利用されています。しかし多くの研究が進められていく中で、ヒトiPS細胞は株ごとに特定の細胞への分化しやすさが異ることが分かってきました。これを分化指向性と呼びます。ヒトiPS細胞の分化指向性は、分化実験の再現性の低下、疾患モデルにおける表現型の評価の不正確性や時間的・費用的負担の増加などの問題を引き起こす可能性があります。本研究室では、ヒトiPS細胞の分化指向性の原因となる細胞内因子の同定とその制御に関する研究を行っています。
・希少疾患を理解するための研究
ヒトiPS細胞を用いた希少疾患モデルの作成とその病態解析、治療法開発に繋げる研究をしています。現在取り組んでいるのは、グルタル酸血症Ⅱ型(指定難病250)という病気です。この病気は患者さんの数が極めて少ないため、十分な情報がありません。新生時期に発症する重症型の赤ちゃんは救命が非常に難しい病気です。この病気の赤ちゃんを救う手がかりをiPS細胞を用いた研究で探しています。これまでにゲノム編集技術でこの病気の原因遺伝子を操作したヒトiPS細胞の作成に成功しました。このヒトiPS細胞株を用いて発症機序や病態解明、治療法に繫がる基礎研究を進めています。
・その他の研究
上記以外にも様々なゲノム研究、幹細胞研究をしています。一例を以下に示します。
・ヒト心筋細胞の成熟機構に関する研究
・チョウザメのゲノム研究
・腎無形成マウスのゲノム研究
・新生児におけるビリルビンの影響に関する研究
・イヌiPS細胞の研究
私達の研究室では、ヒトiPS細胞に関わる研究や疾患研究を通して再生医療を実現化する意欲のある人を求めます。そのために必要な情報収集能力、問題提起能力、問題解決能力、協調性、倫理感、コミュニケーション能力を鍛えます。自分で考え、根性のある人、自身の成長を望む人と一緒に研究がしたいです。
自ら研究テーマを提案しても構いません。提案を尊重し、実現可能かどうか内容を共に議論していきたいです。研究成果については、積極的に学会発表や国際的な専門誌への論文投稿にもチャレンジしてもらいたいです。再生医療やエピジェネティクスの専門家など多くの研究者と交流してもらう機会を作ります。
ヒトiPS細胞を用いた研究は世界中の至る所で精力的に行われていますが、iPS細胞の樹立とiPS細胞自体の研究は意外と少ないのです。iPS細胞の研究では、その樹立に遺伝子工学が、分化誘導を行うのに発生学が必要です。さらにそこにエピジェネティクスを絡めた研究は独自性が高いものです。この分野を肌で感じ、チャレンジ精神で一緒に研究を進めて行きましょう。