分泌因子を介した生体内ホメオスタシスの維持
多細胞生物の各種臓器・器官、組織、さらには個々の細胞は、サイトカイン、ホルモン、成長因子、エクソソームなど多様な分泌因子を介して相互に情報伝達を行い、精緻な生体内ネットワークを構築しています。このネットワークを通じて、生体は恒常性(ホメオスタシス)を維持し、外的・内的ストレスに適応しています。
当研究室では、これまで十分に解明されてこなかった分泌因子依存的な臓器間・細胞間コミュニケーションの分子基盤を明らかにするとともに、ネットワーク破綻による生理機能障害や病態形成についての研究を進めています。
細胞工学的アプローチを用いた新規マイオカインの探索および制御機構の解明
背景
運動は、骨格筋におけるエネルギー代謝を直接活性化するだけでなく、筋発達を促進することで全身の基礎代謝量を高めることが知られています。さらに、運動の効果は骨格筋にとどまらず、毛細血管の増加、脂肪細胞での脂肪分解促進、脳における神経新生、免疫機能の活性化など、全身のさまざまな組織・臓器に及びます。
しかし、こうした運動依存的な生理変化が、どのような分子メカニズムによって引き起こされるのかについては、未だ十分には明らかになっていません。本研究室では、特に骨格筋から分泌されるマイオカインに着目し、運動が全身の健康維持や代謝制御に与える影響の仕組みを研究しています。
「マイオカイン仮説」の証明と新規運動制御性マイオカインの発見
骨格筋は、運動器官としてだけでなく、さまざまな生理活性物質を分泌する「内分泌器官」としても注目されています。私たちは、培養骨格筋細胞に電気刺激を与えて筋収縮を誘導する“擬似的運動刺激系”を用い、運動によって変化する遺伝子発現を網羅的に解析しました。
その結果、CXCL1(KC)やCXCL5(LIX)などのCXCケモカインファミリーをはじめ、多数の分泌タンパク質関連遺伝子が運動依存的に増加することを世界で初めて見出しました。さらに、これらのタンパク質が実際に筋収縮によって骨格筋細胞から分泌されることも証明しました (1-3)。
2005年、Pedersenらは、「骨格筋は内分泌器官であり、その分泌タンパク質(マイオカイン)は運動によって制御される」という「マイオカイン仮説」を提唱しました (4)。本研究室の成果は、筋収縮によって骨格筋からのマイオカイン分泌が変化する様子を直接的に示したものであり、この仮説の実験的検証に大きく貢献しました。
現在では、本研究室が開発・改良してきた擬似的運動刺激系は、世界中の研究室でマイオカイン研究の重要な実験系として利用されています。また、この系を利用して、その後も多くの新しい運動制御性マイオカインが発見されています。
新規運動抑制性マイオカインの発見
骨格筋から分泌される生理活性物質「マイオカイン」は、運動によって分泌量が増加するものが多いことが知られています。私たちは、擬似的な運動刺激系と分泌タンパク質アレイを組み合わせることで、新しいマイオカインCXCL10を同定しました (5)。このCXCL10は、筋収縮によって分泌量が減少する、非常に珍しいタイプのマイオカインでした。
これまで、運動によって発現が低下するマイオカインとしてはmyostatinが代表的に知られていましたが、CXCL10はそれに続く「運動抑制性マイオカイン」の一例と考えられます。さらに、CXCL10には血管新生を抑制する作用があることから、運動によるCXCL10分泌低下は、血管機能改善に関与している可能性があります。
加齢や糖尿病では血管機能が低下することが知られていますが、運動はその悪化を予防する効果を持っています。本研究室では、運動によるCXCL10分泌低下が、この血管保護作用を説明する新しいメカニズムとなる可能性に注目しています。
さらに現在では、別の運動抑制性マイオカインであるCCL5にも着目し、その生理的役割を解析しています (6)。私たちは、擬似的運動刺激系、細胞生物学的解析、動物実験などを組み合わせながら、新しいマイオカインの探索と、その生理的意義の解明を進めています (7-9)。
暑熱依存的な骨格筋生理変化
私たちの体は、暑い環境にさらされると、体温調節や代謝、ストレス応答などを変化させながら環境に適応します。本研究室では、特に骨格筋に着目し、熱刺激によってどのような生理変化が起こるのかを分子レベルで解析しています。暑熱環境への適応(暑熱馴化)の仕組みを明らかにすることで、熱中症予防や健康維持への応用を目指しています (10)。
現在の興味
・動物の栄養状態とマイオカイン発現
・暑熱・寒冷依存的なマイオカイン発現
・暑熱馴化モデルマウスの生理変化
・骨格筋における代謝制御
参考文献
(1) Nedachi et al., Am J Physiol Endocrinol Metab, 2008 295(5):E1191-204.
(2) Fujita et al., Exp Cell Res, 2007 313(9):1853-65
(3) Nedachi et al., Am J Physiol Endocrinol Metab, 2009 297(4):E866-78.
(4) Jonsdottir IH et al., J Physiol, 2000 528 Pt 1:157-63.
(5) Ishiuchi et al., Biosci Biotech Biochem, 2018 82(1): 97-105.
(6) Ishiuchi et al., Cytokine, 2018 108:17-23.
(7) Ishiuchi-Sato et al., Biosci Biotechnol Biochem, 2020 84(12):2448-2457.
(8) Ishiuchi-Sato Y, Nedachi T., Endocr J 2021 68(11):1359-1365.
(9) Murata K et al., Endocr J, 2023 70(6):601-610.
(10) Kudo et al., Physiol Rep, 2026 14:e70926.
細胞間コミュニケーションによる多細胞生物のホメオスタシス維持
背景
多細胞生物では、異なる種類の細胞同士が情報をやり取りする「細胞間コミュニケーション」によって、体全体の恒常性(ホメオスタシス)が維持されています。本研究室では、細胞工学的手法や分子生物学的解析を組み合わせながら、新しい細胞間コミュニケーション機構の発見と、その生理的意義の解明を目指しています。
神経細胞は「弱いストレス」から身を守るのか?
マウス海馬由来HT22細胞は、酸化ストレス研究で広く利用されている神経細胞モデルです。本研究室では、HT22細胞に異なる強度の酸化ストレスを負荷し、その応答を解析しました。
その結果、強い酸化ストレスでは既報通り細胞死が誘導される一方で、非常に弱い酸化ストレスでは、逆に細胞死が抑制されることを見出しました (11)。つまり、神経細胞は「弱いストレス」を受けることで、自らを守る防御機構を活性化している可能性があります。
このメカニズムを解析した結果、弱い酸化ストレスでは細胞保護に関与するシグナル分子Erk1/2のみが活性化される一方、強い酸化ストレスでは細胞死関連シグナルであるp38も同時に活性化されることを明らかにしました (12)。
さらに興味深いことに、強い酸化ストレス下では、神経保護作用を持つ増殖因子の発現が増加していることも見出しました。これは、神経細胞が細胞死へ向かう過程においても、自ら生存を維持しようとする防御システムを作動させている可能性を示しています。
脳内のストレスと成長因子プログラニュリン
認知症のひとつである前頭側頭葉変性症 (frontotemporal labor degeneration; FTLD)は、脳全体が委縮するアルツハイマー症(AD)とは異なり、大脳の前頭葉と側頭葉に限局した委縮が見られる型の認知症として知られています。症状もADとは対照的に記憶障害は軽度である一方、意欲低下や攻撃性向の増大などの人格変化を示すことが分かっています。若年発症型認知症に占めるFTLD患者の割合は約1割と比較的高く、またADを含む他の認知症と比較して発症年齢が低いことなどから、FTLD発症過程の解明ならびに適切な早期診断法、治療法の開発は極めて重要と考えられます。最近になって、FTLDの一部とプログラニュリン遺伝子の変異が極めてよく連関していることが報告されました。このことは、PGRN遺伝子の変異により神経細胞が変性するというメカニズムの存在を示唆しています (13)。
我々は、PGRNがマウス胎仔海馬由来神経前駆細胞の増殖を促進する活性を保持していること、成熟ニューロンの細胞死を抑制する活性を保持していることを明らかにしました。さらに、これまで全く不明であった脳神経系細胞内でプログラニュリンによって制御される細胞内シグナルとしてGSK3βを世界に先駆けて発見することにも成功しました。また、最近、マウス個体を用いた脳虚血後再かん流実験を行い、大脳皮質と海馬領域におけるプログラニュリン遺伝子発現量が有意に上昇することを確認しています。
これら一連の結果は、脳神経系細胞がストレスを受けるとプログラニュリンが産生増加することにより神経前駆細胞が増加するとともに成熟ニューロン死が抑制され、総合的に脳神経系を保護するメカニズムが存在することを示唆していると考えられます。一方、プログラニュリンに変異が生じると、この神経保護メカニズムがうまく機能しなくなり、FTLDをはじめとする神経変性疾患を発症すると考えられます。また脳神経系細胞内でのプログラニュリン発現は、エストロゲンなどの性ステロイドやストレス負荷によって増加するため、このメカニズムを解明することで認知症予防や治療法開発へとつながることも期待されています (14)。
その他、脳内でのPGRN発現制御についても明らかになっていない点が多いため、各種神経細胞を用いたPGRN発現制御メカニズムについても解析を進めているところです(15, 16)。
現在の興味
・神経変性の伝播システムの解明
・各種神経変性モデルの構築と解析
・新規プログラニュリン生理作用の探索
参考文献
(11) Sato K et al., Biosci Biotechnol Biochem, 2014 78(9):1495-503.
(12) Sato K et al., Biosci Biotechnol Biochem, 2016 80(4):712-8.
(13) Suzuki et al., 2009 J Reprod Dev, 55(4):351-5.
(14) Nedachi et al., Neuroscience, 2011 185:106-15.
(15) Kawashima et al., FEBS Open Bio, 2016 7(2):149-159.
(16) Shimoda et al., Biosci Biotechnol Biochem, 2021 85(10)2103-2112.
皮膚の内因性老化と外因性老化のメカニズム解明およびその制御
背景
老化にともなって様々な細胞間コミュニケーションが変容することが知られています。本研究テーマの目的は、内因性老化あるいは外因性老化にともなう皮膚細胞の生理変化を解明するとともにそれを防護する手段を探索していくことにあります。
皮膚表皮細胞の老化にともなう細胞間コミュニケーションの変化
私たちは、表皮細胞(ケラチノサイト)における細胞外小胞(EVs)を介した細胞間コニュニケーションに対する加齢の影響を明らかにすることを目的とした研究を実施しました。乳幼児または高齢成人の皮膚から単離した初代ケラチノサイトの培養液からEVsを精製し、内包されるsmall RNAを解析した結果、表皮のバリア機能の重要な調節因子であるmiR-30aの量の増加を伴う、加齢特異的なEVの特異的なマイクロRNAプロファイルの変化を観察しました。また、加齢表皮細胞に由来するEVは、若齢表皮細胞の細胞増殖を抑制するとともに、マウスの皮膚創傷治癒を遅延させることも明らかとなりました。以上の研究から、表皮細胞の老化過程において、EVsを介した細胞間コミュニケーションが変化し、老化皮膚で観察される表皮細胞の機能低下に関与している可能性が考えられます (17)。
マウス皮膚細胞の暑熱応答に対するボイセンベリー抽出物の効果
過剰な赤外線は皮膚表面の温度を上昇させ、皮膚の炎症や老化の促進、皮膚癌その他皮膚疾患の罹患リスクを上げることが分かっています。一般に暑熱にともなう細胞毒性には酸化ストレスの蓄積が深く関与していることが知られており、近年、暑熱にともなう皮膚の外因性皮膚老化や損傷を防ぐためにさまざまな方法が検討されています。特に抗酸化能および抗炎症能を持つ天然植物由来の有効物質が注目されています。今回の研究対象となるボイセンベリーは、4種類のアントシアニンやエラグ酸などのポリフェノールをはじめ、豊富な抗酸化物質を含むため、有効活用が期待されていますが、その効果には未だ不明な点が多く残されています。
私たちはマウス真皮線維芽細胞(Mouse dermal fibroblasts; MDF)に43℃, 3時間の暑熱刺激を行うことでHSP70の発現上昇、細胞内ROSの蓄積、細胞生存率の低下が生じることを確認しましたが、ボイセンベリー抽出液で処理すると、暑熱依存的な細胞内ROS蓄積および細胞生存率の低下が抑制されることが分かりました。
現在、ボイセンベリー中のどのような成分が暑熱に伴う真皮損傷を予防または改善するのか明らかにするための研究を行っています。本研究が進めば、食品・サプリメント産業やスキンケア産業における「ボイセンベリーの抗酸化作用を活かした皮膚の老化予防効果や炎症抑制効果を持つ新しい製品」の開発が期待されます。また、医薬品産業においても酸化ストレスが関与する疾患の予防や治療に応用できる可能性もでてきます。
現在の興味
・温熱依存的な皮膚細胞の生理変化
・ボイセンベリーなど天然生理活性物質による皮膚の防護作用について
(17) Nedachi et al., Aging (Albany NY), 2023 15(22): 12702-12722.