東洋大学=カーティン大学(オーストラリア)合同能登復興支援フィールドワーク2025を実施しました
東洋大学=カーティン大学(オーストラリア)合同能登復興支援フィールドワーク2025を実施しました
2025年6月6日から9日までの日程で、国際地域学科の学生10名とカーティン大学(オーストラリア)の学生11名が能登半島地震被災地における復興支援フィールドワークを実施しました。本記事は、当フィールドワークに参加した学生たちが自ら執筆した報告です。
事前研修 6月5日(木)
東洋大学白山キャンパスにて学生同士の顔合わせを行ったのち、本学部松丸亮教授による震災と復興、能登半島地震についての講義を受けました。地震とは何か、地震の発生メカニズムという基礎知識に加え、能登半島地震発生時の動画を見ることで、地震を経験したことがない人がほとんどであったカーティンの学生にとっても、地震を日常的に経験する東洋の学生にとっても、地震という自然災害への理解が深まったとともに翌日から行うボランティア活動に取り組む姿勢を再認識することができました。講義後、金沢へ移動しました。
Day 1 6月6日(金)
志賀町立富来中学校を訪問し、各学年の教室を訪れて中学生と英語で交流活動を行いました。中学生が準備してくれた学校紹介や地域紹介のプレゼンテーションや、私たち大学生が準備した英語でのミニゲームを行い、楽しい時間を過ごしました。特に、カーティンの学生が準備してくれたオーストラリアの発酵ペースト「ベジマイトVegemite」の試食の際には、初めての味に、中学生の様々な反応が見られ盛り上がりを見せました。最初は、お互い緊張が見られましたが、英語を使いながら楽しくも学びに満ちた非日常の時間を通じて、お互いが貴重な思い出を共有する時間となりました。夕方には、志賀町鵜野屋にある安成寺を訪れ、おにぎり作り等を通して、地元の方々とふれあい食卓を囲み、心温まる交流の時間を過ごしました。
Day 2 & 3 6月7日(土)、8日(日)
3日目は志賀町地域支えあいセンターからの派遣で志賀町内にて、4日目はNPO法人ピースウィンズに協力いただき珠洲市内にて、災害復興支援のボランティア活動を行いました。被災した家屋の中から散乱した家具や生活用品を仕分け、トラックに運ぶという作業をいくつかのチームに分かれて地域を回りながら、複数の家屋で同様に取り組みました。壊れた家の中に残された物を手にする中で、被災された方々の暮らしの痕跡や想いに触れるような感覚があり、単なるボランティア作業ではない重みを感じました。地震発生から1年が経過した今も、復興作業は順番待ちの状況が続いており、多くの被災者の方々が思うように作業を進められずにいます。そうした中で、私たちの訪問を心から歓迎してくださった家主の方は、私たち学生が被災地に関心を持ち、実際に足を運んでくれたことをとても喜んでいる様子でした。作業の合間には何度も感謝の言葉をかけてくださり、お菓子や飲み物を用意して私たちを労ってくださるなど、温かな気遣いに心を打たれました。
Day 4 6月9日(月)
最終日は能登町にある自然体験施設「ケロンの小さな村」で修復作業を行いました。山に入り、人が安全に通れるよう道を整備する作業を行いました。前日までの災害ボランティア活動と一味違い、険しい山で全身を使う作業となりました。地震によって崩れた山の中に新たな道をつくることで、地元の人や訪れた人が通行できるようにする大切な作業であり、特に子どもたちが安心して通れるよう、道幅や足場に細やかな工夫が施されていたのが印象的でした。
この4日間、東洋大学の学生とカーティン大学の学生による国際交流に加え、能登で暮らす地元の方々とのかかわりを通じて、多様な価値観や文化に触れることができました。言葉や背景の違いを超えて、協力しながら共に学び、共に汗を流した時間は、単なる国際交流にとどまらず国内外を横断した「人と人とのつながり」や「異文化理解」の大切さを実感できるかけがえのない4日間となりました。
最後になりましたが、被災した皆さまが一刻も早く安心できる生活を取り戻し、地域が復興することを、参加者一同心より祈っております。
この四日間のボランティア活動に関わってくださったすべての方に感謝申し上げます。ありがとうございました。
執筆者 国際学部 国際地域学科 4年 田中咲衣 永濱菜月
<参加学生の感想>
初めて被災地に行って家の倒壊や土砂崩れを見て、自然災害の恐ろしさを実感することができました。まだまだ復興が進んでいない場所もあるので自分に出来ることを探したいと思いました。(羽鳥 那奈)
被災地域に関しての知識を得るだけでなく、ネイティブの外国の方々や先輩方の英語をききながら活動をしたので、英語力の向上や英語を学ぶ上での目標ができ、貴重な経験になりました。(緑川 莉央)
普段の生活では経験できないことが多く自分の視野が広がるきっかけになった。オーストラリア学生との生活面での文化の違い、現地のスラング、英語、能登の人達の経験談や今の生活、被災の状況を生で見ることができた。多くの学びを、楽しみながら得ることができた。(斉藤 勇樹)
今回の災害ボランティアに参加して、学んだ事は被災地の実態である。被災から一年たった今、被災地がどのような支援を必要としているのか、どのような流れでボランティアが派遣されるのかなどを目で見て知る事ができた。(田中 咲衣)
カーティン大学との交流は今回で三回目だが、災害ボランティアを一緒に行うプログラムに参加することは初めてだった。プログラムの中には、語学力やコミュニケーション力、主体性や統括力など、様々な力が求められた。今回のプログラムを通して、何ができていたか、何が課題なのかを明確化できたと思う。自分の場合は、語学力であったりコミュニケーション能力はまだまだ伸ばせると感じた。地域を知りながら、国際交流を行いながら、災害支援もするというマルチタスクな課題を完璧にこなせたと聞かれると分からないが、各々がそれぞれの分野で何かしらのきっかけを作ることができただろうと考える。(岡 翔和)
今回、能登での災害ボランティア活動に参加するのは3回目となった。今回は副リーダーという立場を任せていただき、3泊4日の活動を通じて、現地の状況の深刻さや人々の温かさ、そしてオーストラリアのカーティン大学の学生たちとの交流など、多くの貴重な経験を得ることができた。今回の経験を通じて、今後は社会人としてさらに英語力を伸ばすこと、そして何より能登の復興のため、継続して支援活動に関わっていきたいと思う。(加藤小南美)
異文化交流だからこそ気づける視点も多く、普段「当たり前」だと思っていた日常が、少し視点を変えるだけでまったく別のものに見えることも実感しました。全員が主体性を持って取り組んだからこそ、文化の違いや言語の壁を越えて、ひとつのチームとして活動をやり遂げることができたと思います。(高橋永実子)
軽い気持ちで参加した今回のボランティアだったが、復興支援と異文化交流の両立は想像以上に難しく、現地の状況に向き合う覚悟の重要性を痛感した。一方で、初対面のカーティン大学の学生や地域の方々と、立場や年齢を越えて“誰かのために動く”という共通の目的でつながれた経験は、言葉以上の連帯感を生み、かけがえのない時間となった。(永濱 菜月)
This was my first visit to a disaster area, where I saw collapsed houses and landslides. I could really feel the horror of natural disasters. Some areas have not yet recovered, so I wanted to find out how I could help. (Nana HATORI)
Rather than learning about the disaster-affected area, I took part in activities alongside native English speakers and senior members. This valuable experience helped me improve my English skills and set goals for learning English. (Rio MIDORIKAWA)
This trip gave me valuable experiences that I had never had before. It was an opportunity to broaden my horizons, and I was able to observe differences in culture between Japan and Australia. I had a special week. (Yuki SAITO)
This time, I learned about the reality of disaster-stricken areas by participating in disaster volunteer activities. One year after the disaster, I was able to see for myself what kind of support the affected areas needed and how the volunteers were dispatched. (Sae TANAKA)
This was my third time interacting with Curtin University, but my first time taking part in a programme working together as disaster volunteers. The programme required a variety of skills, including language and communication skills, leadership and teamwork. Through this programme, I was able to identify my strengths and areas for improvement. In my case, I felt that there was room for improvement in my language skills and communication abilities. While it is difficult to say whether I was able to handle the challenge of multitasking — learning about the local community, engaging in international interaction and providing disaster support — I believe that each participant was able to establish a starting point in their particular field. (Towa OKA)
This experience has made me even more determined to improve my English skills as a working professional and to continue supporting the recovery of Noto. During the recent joint volunteer programme with Curtin University, I served as team leader. The initiative aimed to deepen our understanding of the Noto disaster and promote cross-cultural collaboration through team-building activities that transcended cultural boundaries. Having experienced the Great East Japan Earthquake as a primary school pupil, I was previously on the receiving end of support. This was my first time giving support, and it significantly changed my perspective on disaster-affected regions. (Konami KATO)
Throughout the programme, I was repeatedly reminded that what we take for granted in our daily lives may appear very different from another perspective. I believe that we were able to overcome cultural and linguistic differences and work as a unified team precisely because each member took initiative and embraced the challenges. (Emiko TAKAHASHI)
I joined this volunteering activity without giving it much thought, but I realised that helping with disaster recovery and engaging in cross-cultural exchange simultaneously was more challenging than I had anticipated. Nevertheless, working alongside Curtin students and local people — many of whom were strangers — towards the shared goal of helping others fostered a profound sense of connection, transcending age and background. It was a special and meaningful experience. (Natsuki NAGAHAMA)