会計学に求められている社会的役割を考える
(掲載されている内容は2016年5月現在のものです)
Q.教員としてご自身の専門分野を踏まえ、「研究者として研究」することの意味とは?
会計学に求められている社会的役割を考える
会計学を研究対象とする者にとって「研究者として研究」することの意味は、おそらく一つには会計学はいかなる理由から学問たり得るのかという問に対する納得のいく答えを探求するためと考えられます。このことは、恩師の一人である鈴木義夫先生(明治大学名誉教授)が日頃からおっしゃっていることであり、幸いなことに、先生には今なお研究会を通してご指導賜っております。
同先生は、上述の問に対する答えとしてご著書の中で次のように述べています。すなわち、会計は用語と数値(金額)から成り、この記号を社会的・制度的な関係の中に位置づけ、その機能を注視し、地道に思考を巡らすならば、会計研究はその社会科学たる地位を確固たるものとし、世界経済に関係した現代会計の役割を分析するための新たな視点、すなわち記号機能論の分析視角を生み出す可能性を大いに高めることになるというのです。(注)
私は、残念ながら未だ記号機能論を自分自身の研究手段として十分に活用できるまでに至っておりませんが、ライフワークとして挑戦する所存です。
(注)鈴木義夫・千葉修身(2013)『会計研究入門“会計はお化けだ”』森山書店.(480)
Q.教員としてご自身が、研究者になった経緯をご紹介ください。
子ども時代の疑問と恩師たちとの出会い
日本経済の高度成長期に子ども時代を過ごしたので、世の中の急速に変化を何となく肌で感じていたのを覚えています。当時は、社会における経済現象と家計における消費生活がうまく結びつきませんでした。たとえば、需要曲線と供給曲線が交わったところでモノの価格が決まると教科書に書いてあるものの、スーパーマーケットや商店街にお使いに行っても、その実感がわきません。人間の営みの一つである経済活動は、一体どのような仕組みになっているのだろうかという、漠然とした疑問をもちました。思えば、これが社会科学に関心を寄せる端緒であったのかもしれません。
時が経ち、大学は商学部に入学し会計学を学びました。一定期間の企業の膨大な量の経済活動は、会計というフィルターを通して用語と数値に変換されて財務諸表という一組の会計文書に集約され、それが会計監査を経て金融・資本市場の信頼性を支えていることを知りました。社会人になるためにはまだまだ学んでおくべきことがあるのではないかと思い、大学院に進学することを決め準備を始めました。
ゼミの指導教員である鈴木義夫先生の勧めもあり、経営学研究科で財務会計論の教鞭を取られていた故嶌村剛雄教授に師事することとなりました。これが、研究生活の扉を開けた瞬間だったのだと思います。
Q.教員としてご自身のご専門分野について、現在までにどんなテーマを研究されているのかご紹介ください。
会計上の資産とは何かをテーマとして、繰延資産、繰延税金資産を研究する
大学院の博士前期課程では、会計上の資産とは何かというテーマに取り組むための一つの事例として、繰延資産の資産性を研究テーマとしました。企業は、調達した資金を資産という形で運用し、利益を追求しています。財産価値がなく個別譲渡性もない多額の支出の結果である繰延資産が、なぜ会計上資産として扱われているのかを明らかにしたいと考えたからです。繰延資産が会計上資産として扱われている論拠に加えて、会計の処理および手続きは、商法(現会社法)、証券取引法(現金融商品取引法)、法人税法を主とする会計制度の中で機能しているということを改めて認識いたしました。
大学教員となってからは、予測と見積りに依存して金額が決定され、一定の条件のもとで会計上資産として扱われる繰延税金資産および当該資産の計上を定める税効果会計基準に関する研究に取り組みました。このような不確実性の高い資産に配当制限がないことにも、疑問をもちました。日本企業に税効果会計基準が適用された時期からしばらくの間は、企業に対するアンケート調査やヒアリング調査を実施して、会計理論と会計実務の両側面から繰延税金資産の実態に迫ろうと試みました。とりわけ、2000年代以降は急速に会計基準の国際的コンバージェンス(収斂)が進展したため、このような状況を巡る国内外の動向からも目が離せなくなりました。
あらゆる学問は過去の研究の蓄積をベースとして新しい知見が加えられていくものであり、したがってその時々における時代の水準があると思います。とりわけ1990年代以降は、金融工学やIT(情報技術)の発達により複雑で多様な金融商品が生み出され、それに伴い企業のファイナンス活動も複雑化し実態がみえにくくなっていきます。これらの取引は会計のフィルターを通してはじめて、財務諸表という会計文書上に表現されることになります。
経済活動は時代とともに変化していきますが、虚心坦懐に研究対象に取組み、当該対象の分析を通して会計が社会的・制度的に果たす役割を解明したいと思っています。
Q.研究者として、つらかったことや、嬉しかったこと?
仕事を続けられていることへの感謝
多くの社会人がそうであるように、とりわけ時間をマネジメントすることが難しいと感じる時期を幾度か経験しています。子育てや家族の介護やそれに付随する一連の対応には、相当な時間を要します。もう少し工夫できなかったものかと残念に思いますが、その時々は無我夢中でした。もし、教員・研究者・母親・妻・娘・大学業務における役職など、それぞれの役割に対するその時々の成績表が示されるとしたら、その結果は惨憺たるものであろうと想像できます。
しかし、これらの経験は必ずしもマイナス面ばかりではなく、時を経てたとえば教育にとってプラスとなるといった側面もあると思います。そして、何よりも仕事を継続することができたということに衷心より感謝しています。研究に関する限り、試行錯誤をしつつ取り組みを続けるというのが私にとって目標にたどり着く唯一の答えのように思います。
Q.大学院で学ぶことの魅力とは?
多角的視点から課題を発見し解決する方法を考案すること
大学院では、ごく少人数の講義や演習が中心ですので、自ずと学部とは比較にならないほどの主体性と勉強量が求められることとなります。取り組む対象となる学問領域も、専門分野を中心とする領域に集約されてきます。
興味関心の高い分野の研究を深めることで、学部時代とは異なる次元から当該分野で起こっている事象を観察したり捉えたりすることができるようになります。それはまた、新たな疑問を抱えることになりますが、それが研究課題へとつながっていきます。先人の研究の蓄積から学んだり院生仲間や教員と議論したりすることで、様々な角度から課題を考察し試行錯誤を繰り返しながら解決の糸口を探していくこととなります。
このような経験は、大学院修了後のキャリア形成において皆さんを大いにバックアップしてくれるものです。研究に専心し没頭する、何ものにも代え難い時間を手にすること、そしてそれに基づく成果を実感すること、それが大学院で学ぶことの最大の魅力ではないでしょうか。
Q.大学院で学びを考えている受験生にメッセージを一言。
進取的な視点から、新たなステージの目標を設定する
ビジネス・会計ファイナンス専攻の博士前期課程では、会計分野に焦点を当てるなら、組織の経理部門や財務部門で活躍するビジネスパーソン、公認会計士・税理士といった会計プロフェッションがイメージできることでしょう。たとえば、ビジネス・会計ファイナンス専攻で研究しながら、公認会計士や税理士を目指すというのも、目標達成のための有益な選択肢のひとつです。さらに、博士後期課程までを視野に入れるのであれば、企業、研究所、大学においてビジネス・会計ファイナンス領域の新しい課題に対応できるビジネスリーダーや、教育・研究者として活躍することが、課程修了後の進路となります。
皆さんは、大学院進学とともに新たなステージでの目標の達成に一歩近づくこととなります。是非、大学院入試説明会に参加され、そこで疑問点や不安を解決し、本学大学院の扉を開けてくださることを期待しております。
プロフィール
氏名: 杉山 晶子(すぎやま あきこ)
経歴: 現在、東洋大学大学院経営学研究科ビジネス・会計ファイナンス専攻 教授
明治大学商学部卒業、同大学院経営学研究科博士後期課程単位取得満期退学。
秋草学園短期大学を経て、2007年より東洋大学経営学部准教授。2010年より同教授。
専門: 財務会計、税務会計、国際会計
著書: 『財務会計の現状と展望』(共著)白桃書房(2014年)、
『IFRSにおける資産会計の総合的検討』(共著)税務経理協会(2014年)など
実務からの転身、実務と理論の架橋を目指して
(掲載されている内容は2016年5月現在のものです)
Q.教員としてご自身の専門分野を踏まえ、「研究者として研究」することの意味とは?
研究することとは、あるがままの実態をみて、なぜそうなのかと考えること
法律や制度(ルール)が存在している領域では、特に疑問も持たずそれに従っているのが通常です。しかし、よく考えてみると、そのルールがなぜつくられたのか?また、そのルールは、現在の社会的な実態に十分に適合しているといえるのか? といった疑問が次から次と湧いてきます。そこに研究の糸口があるのではないかと思います。そのためには、ルールやそれが対象としている社会的な実態を予断偏見なくあるがままに見ることが大切だと思います。
Q.教員としてご自身が、研究者になった経緯をご紹介ください。
実務からの転身、実務と理論の架橋を目指して
会計・税務の実務に携わっている時にいろいろな問題点にぶつかったり、疑問点が湧いたりしましたが、どうしても実務の世界の中の論理だけでは解決ができず、理論の世界の中にこそ解決の糸口が見いだせるのではないかと思い大学院に進みました。そのような経緯から、実務から理論、理論から実務への架橋ができれば、との思いで研究しております。
Q.教員としてご自身のご専門分野について、現在までにどんなテーマを研究されているのかご紹介ください。
企業の税と会計に関わる研究
私の研究分野を学問体系で区分すると租税法学と会計学になります。法学と会計学というとまったく異なる分野のように聞こえるかもしれません。しかし、実際に対象となる領域は、株式会社を中心とする企業の会計についての理論的・制度的研究とその企業が納める法人税についての理論的・制度的研究ですので、両者は非常に密接に関連しており重なっています。
現在は、企業会計の利益算定の構造と法人税の課税所得算定の構造の比較検討の研究を行っています。
Q.研究者として、つらかったことや、嬉しかったこと?
仕事をしながらの大学院生活
私は、仕事をしながら大学院で研究するという生活をしていました。そのため、仕事と研究をどのように両立するかということに最も気を遣いました。仕事をしながらの大学院生活が大変であることは覚悟の上ですが、社会人の大学院生活にとって職場と家族の理解は欠かせません。職場と家族の理解のもとで、多くの社会人の方に大学院を目指していただきたいです。
Q.大学院で学ぶことの魅力とは?
先生方や大学院の仲間と議論する楽しさ
研究には、物事を疑ってみるとか、他人の考え方を批判的に検討してみるといったことが欠かせません。ただ、そればかりに囚われてしまうと独りよがりで狭い考え方になりかねません。それを防いでくれるのが、他人との議論です。自分とは異なる考えを持った人と議論することにより、自分の考え方が一面的であったとか、ある事柄に対する理解が浅かったということに気付くという経験は、他人との議論を通じてでなければ得られません。皆さんも多くの仲間と議論して下さい。
Q.大学院で学びを考えている受験生にメッセージを一言。
大学院で限界に挑戦を
昔の大学院仲間と大学院で得た物についての話しが出ると、知識・情報でも論理的思考でもなく、最後には、「根拠のない自信が生まれたこと」に落ち着きます。それは、大学院時代に限界を超えるような努力をした結果、困難な状況に直面して解決の糸口が見つからない場合でも、あの時あれだけ頑張ったのだから、今回も何とかなるだろうという根拠のない自信があることで、諦めずに頑張って解決してきたという経験があるからです。
皆さんもぜひ大学院で限界に挑戦して根拠のない自信を生み出しで下さい。
プロフィール
氏名: 依田 俊伸(よだ としのぶ)
経歴: 現在、東洋大学大学院経営学研究科ビジネス会計ファイナンス専攻 教授
1983年 東京大学法学部卒業、税務会計の実務に携わった後、
東京大学大学院法学政治学研究科修士課程、
国士舘大学大学院経営学研究科博士課程。博士(経営学)。
2015年より、東洋大学経営学部。
専門: 租税法学、会計学
著書: 『租税法入門』(2016年)など