2026.07.13
工藤 翼 + 吉崎 光一
2026年5月12~13日、研究室で被災地を巡る調査旅行を行いました。
行き先は岩手県。1日目には大船渡市合足地区、2日目には釜石市花露辺地区・大槌町赤浜地区を訪れました。
大船渡では昨年2025年2月26日、大槌では今年2026年4月22日、山林火災が発生しました。
今回の調査旅行では住民の方へのヒアリングを行い、被災直前、直後の状況、また、リスクとの向き合い方についての理解を深めました。
今回は、山林火災があった大船渡、大槌でのヒアリングの内容を整理します。
花露辺での集合写真
大船渡合足地区
1.大船渡合足地区の概要
合足地区は、約20世帯が海と山に挟まれた狭小な平地に居住する集落である。 江戸時代に伊達藩から共有林を下賜された歴史を持ち、長らく林業や漁業、農業を複合的に営んできた。 明治三陸津波や東日本大震災で大きな被害を受けたにもかかわらず、ほとんどの住民が集落から離れずに生活を再建している。
2.山林火災の発生と拡大・住民の方々の行動
この集落を襲った山火事は、海側の枯れ草からの出火が強風によって煽られ、背後の杉林などの山林へと一気に延焼したことで発生した。 第一発見者である地元の漁師は、海の状況を確認に来た際に煙を発見し、沿岸の水産加工場に飛び込んで119番通報を行ったという。 ヒアリングに応じていただいた古内さんは、午後1時過ぎに防災無線の「その他火災」という放送を聞いた。 行政の放送内容が抽象的であったため、住民たちは地形の開けた場所から目視で煙の方向を確認し、空間的に延焼規模を把握して避難を判断せざるを得なかった。 しかし、その緊迫した避難行動の中にあっても、集落内で一人暮らしをしている高齢者を別の住民が自発的に車に乗せて避難させるなど、日常的な関係性が生存を助ける基盤として機能していたことに驚かされた。 同時に、牛を飼育している住民が避難前に牛舎へ餌を置きに戻ったり、消火活動中の消防署員が残された子牛に餌を与えたりといった現場の柔軟な対応のエピソードからは、生業がいかに人々の行動と深く結びついているかを痛感した。
3.山林火災の処理と地域の復旧
復旧において最も深刻な課題として浮かび上がったのが、個人の地権者が直面する被災山林の処理である。 かつては林業が重要な収入源であったが、古内さんの話によれば、10年以上前に台風で倒木した木を販売した際も、重機による搬出等の経費がかかり、手元にはわずかな金額しか残らなかったという。 このような林業の経済的衰退が、山林の維持管理を極めて困難なものにしている。 火災によって山の保水力が失われ、普段水が流れない水無川に土砂災害のリスクが生じたため、各所で砂防ダムの工事が進められている。 これに対して行政や業者からは補助金を活用した植林による山林再生事業が提案されているが、10年間の森林保険への一括加入や最低5年間の下草刈りといった厳しい条件が付随する。 高齢化した地権者にとってこれは重い負担であり、古内さんはインフラ被害を防ぐ公共性の高いエリアの再生には同意したものの、自身の所有林の半分については再生を放棄する苦渋の決断を下した。
4.ヒアリングを受けて
大船渡市合足地区の事例は、災害が単なるインフラの破壊にとどまらず、搬出経費と収益のアンバランスに苦しむ林業の経済的実態や、高齢化する地権者の切実な判断と密接に絡み合っていることを示している。
ヒアリングを通して、この定住性の高さの背景には、共有林や公民館の総会、築200年以上という薬師様の神社の清掃など、共有空間における日常的な行事を通じたコミュニティの蓄積があるのだと強く感じた。 特に、火災を免れた神社で縁日を行うために自主的に住民が集まり清掃を続けているという話には、空間と深く結びついた人々の繋がりに感銘を受けた。
合足地区でのヒアリングの様子
大槌町赤浜地区
1. 山林火災の発生と拡大
火災は午前では小鎚側、午後には吉里吉里側と2か所で発生し、夕方には赤浜近くまで延焼した。住民たちは当初、ここまで火が来るとは予想していなかったが、急斜面では火が「這うように」高速で広がり、危機感が高まった。また、インタビューの中では、比が上から「転がってくる」地形が原因で早く燃え広がったというお話もあった。可燃物がたまる沢の深い場所では、火が留まり木が上部まで燃えたそうである。
2. 火災原因への認識
出火原因は断定されていないが、山菜採りの火、野焼き、たばこのポイ捨てなど人為的要因が疑われている。住民の多くは「自然発火ではなく人間活動によるもの」と考えていた。
3. 避難と地域対応
自治会や自主防災組織は、避難弱者の確認や火の位置の把握、2.3日目までは防災対策本部への連絡などを行った。車で避難し海岸で泊まり、次の日に家を見に行けたそうである。大船渡とは異なり、避難中でも簡単に家の様子を見に行けた。消防は住宅延焼防止を優先し、全国から応援隊が派遣された。住民自身が自分の家に海水をかけていたというお話もあった。
4. 消火活動の課題
山奥は地形が険しく消防が入りづらかったため、完全消火が難しかった。「熾火」の状態の様に、消火したと思っても土の中からまた出火してしまうといった点でも、消火活動は困難であった。消火栓の水量不足から海水利用も行われたが、ヘリによる消火だけでは限界があり、最終的には降雨が鎮火に大きく寄与した。
5. 森林管理と地域環境の変化
かつては炭焼きや共同管理によって山に人が入っていたが、林業採算の悪化や人口減少により森林管理が衰退し、戦後の植林政策によって広葉樹林がスギ・ヒノキ中心の針葉樹林へ転換し、燃えやすい山林構造になっていた。
6. 山と地域社会の関係
山の変化は野生動物の生息環境にも影響し、近年はクマに加えてイノシシも出没するようになったという。地域住民は、森林火災が今後も起こり得る災害として認識しており、「今回の経験を次世代へ伝えること」が重要だと述べている。
7.考察と感想
最後に、神田さんに先導していただいて火災現場を車で回ったが、まだ焦げ臭い臭いが残っていることが印象的であった。山火事の恐ろしさを自らの身体で少しでも感じられる貴重な機会であった。避難や消火については、消火活動に海水を使うかどうかやどの範囲で立ち入り規制がされていたかで大きく違いがあった。これらの違いについて理由は分からないが、非常時に海水を使用するかどうかを前もって決めておく必要があると感じた。一方、林業が衰退しているという点では共通していて、採算が合わないことが理由として挙げられていた。山火事の被害の把握とともに、「資産放棄も選択肢に上がってくる」と言ったお話があった様にこれからの山の所有も考えていく必要があると考えられる。
神田さんと研究室メンバー
謝辞
今回ヒアリングにご協力いただいた古内さん、神田さん、関係者の皆様にお礼申し上げます。
お忙しい中、調査にご協力いただきありがとうございました。
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山林火災がどのように燃え広がったのか、時系列で終える熱源マップは、以下から確認することができます。
作成:東京大学・渡邉英徳研究室
著作:読売新聞オンライン
学術指導:東京大学・渡邉英徳研究室
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また、花露辺に関して、2023年度の調査旅行の際にまとめられたコラムもございます。
ぜひご一読ください。
~番外編~
研究室旅行中に、助手の植田 啓太先生が30歳の誕生日を迎えられました。
当日は研究室のメンバーで歌を歌ってお祝いしました。
今後とも、よろしくお願いいたします!
おめでとうございます!