(1) ダークマター、ダークエネルギー:
現在の宇宙は右図のようにほとんど見えないもの(ダークエネルギー、ダークマター)で出来ています。暗黒エネルギー、暗黒物質ともよばれます。ダークマターの存在自体は観測から確立しています。実際、渦巻き銀河の回転曲線、銀河団中の銀河の速度分散、構造形成、宇宙背景輻射、重力レンズなどその観測的証拠の枚挙にいとまがありません。しかし、その正体は全くの謎です。一方、その速度や相互作用に上限がついており(冷たいダークマター)、寿命が現在の宇宙年齢よりもずっと長くなければならない、といったある程度の性質は分かっています。私はダークマターやダークエネルギーに関する研究をおこなっています。
もう少し詳しく知りたい方は,2023年の東北大学オープンキャンパスでおこなったダークマターに関する模擬講義(youtube)を御覧ください。
図1:現在の宇宙のエネルギー組成
(2) インフレーションと密度揺らぎ進化:
インフレーションは宇宙のごく初期に起こったと考えられる急激な膨張時期のことです。インフレーションを引き起こすスカラー場をインフラトンと呼びます。(場とは、時空の位置を変数に持つ演算子のことで、時空の各点で粒子を作ったり消したりできます。そうする事で因果律が満たされています。)インフラトンの正体やその性質を探るには高エネルギーにおける物理を記述する理論が必要です。
インフラトンの量子ゆらぎが現在観測される宇宙背景輻射 (CMB)の揺らぎ、銀河・銀河団などの豊かな構造の種となったと考えられています。さまざまなインフレーション模型の構築、その観測的検証、標準理論を超える物理との関連、ダークマターや物質の起源との関連についても研究を行っています。
図2:宇宙の進化。左から右へ時間とともに宇宙が膨張する。ごく初期には加速度的な膨張、インフレーションがおきた。
図3:インフレーションを引き起こすインフラトン場のポテンシャルの例。インフラトンは量子ゆらぎを獲得し、それが宇宙の密度揺らぎになる。
(3) 宇宙の始まりと究極理論:
宇宙膨張のために、初期宇宙は非常に小さく、温度が高く、密度も高かったことがわかっています。その極小の世界を記述するのが素粒子理論で、重力を含む究極理論の候補として弦理論があげられます。そして宇宙が膨張するとともに温度が下がり、現在観測される宇宙に進化しました。この現在の極大の世界を扱うのが宇宙論です。初期宇宙論は究極理論や標準理論を超える物理と膨張宇宙を背景に密接に結びついています。初期宇宙に関する理解が進めば、標準理論を超える物理や究極理論に対して重要な制限を与えることになります。新しい物理が宇宙論を通して垣間見える可能性があります。
インフレーションはビッグバン宇宙論の初期値問題を解く一方で,インフレーション自体がどのように始まったのかについては全く分かっていません。ひとつの可能性は量子宇宙論に基づき,宇宙が無から創生されたというシナリオです。この場合,宇宙は正の曲率を持った小さな宇宙として誕生し,その後宇宙膨張を経て我々の宇宙につながります。しかし,この場合,どのようにインフレーションが生じたのか不明で,誕生後すぐに正の曲率によって潰れてしまう(ビッグクランチ)という可能性がありました。私は,収縮する宇宙が膨張に転じるbouncing cosmologyを,アインシュタイン重力の枠組みで平坦なポテンシャルを持つスカラー場というな構成で実現できることを初めて示しました [論文]。従来、bouncing cosmologyの実現は困難で,多くの場合,修正重力理論やexoticな性質を持つ物質場を導入する必要がありました。私は,このような特殊な設定を導入せずにアインシュタイン重力理論の枠組みでbouncing universeを実現することが可能であることを示し,かつbouncing universeの実現には平坦なポテンシャルを持つスカラー場の存在が本質的であり,従って,bounceの後に直ちにインフレーションが自然に実現することを示しました。これにより,従来はビッグクランチしてしまうと考えられていた宇宙も,平坦なポテンシャルを持つスカラー場のおかげでbounceし,その後インフレーションが実現することで,我々の宇宙を記述することが出来ることが分かりました。このような宇宙の始まりに関する研究を行っています。
(4) アクシオン:
アクシオンは擬南部ゴールドストンボソンで,その相互作用は崩壊定数により抑制されています。QCDアクシオンはQCDのstrong CP問題の解として提案されました。また,同様の性質を持つ多数のアクシオンが超弦理論から予言されています。特に光子との結合をもつアクシオンをaxion-like particle (ALP)と呼ぶことが多いです。アクシオンは一般に相互作用が弱く,質量が軽いことからダークマターの良い候補のひとつとして知られています。
アクシオンダークマターの生成機構としてもっとも有力なのがいわゆるmisalignment mechanismです。アクシオンは質量が軽いことから宇宙初期にポテンシャル最小値から一般に崩壊定数程度ずれていることが期待できます。その後振動を開始し,その振動エネルギーがダークマターとなります。
私はQCDアクシオンの存在量に着目し,その自然な初期振幅の大きさが実はインフレーションのエネルギースケールに依存することを指摘しました[論文]。特にインフレーションスケールがQCDスケール以下の低エネルギーインフレーションの場合,エターナルインフレーションのように十分長くインフレーションが続けば,QCDアクシオンの初期値は崩壊定数よりもかなり小さくなることを示しました。これにより,これまでアクシオンの過剰な生成を避けるために,初期振幅の微調整が必要だと考えられていた質量領域においても,QCDアクシオンがより自然にダークマターを説明しうることが明らかとなりました。このような軽い質量領域は,将来DMRadio実験等によって探索予定です。このようにアクシオンや、似た性質を持つダークフォトンの生成機構や進化などについても研究を行っています。
(5) 重力波
2015年にLIGOによって連星ブラックホール合体による重力波が検出され、また2017年にはLIGO/VIRGOによって中性子星合体からの重力波が観測され ました。これにより重力波を含むマルチメッセンジャー天文学が花開いたことで、重力波を用いた宇宙観測がより一層重要となりました。さらに,2023年にはパルサータイミングアレイを用いた観測により,nHz周波数帯におけるstochastic gravitational waveの強いヒントが見つかりました。重力波を用いた観測は初期宇宙を探索するのに非常に有効であり,それはインフレーション中に作られた原始重力波にとどまらず,初期宇宙で生じた激しい現象全てに適用することができます。
重力波を生成する源としてcosmic stringやdomain wallといった位相欠陥が知られています。私は位相欠陥の生成、進化、崩壊によって生じる重力波に関しても研究を行っています。右図はQCDと結合するアクシオンのドメインウォールが崩壊することで生じる重力波スペクトラムの予言と、NANOGrav実験の観測データとの比較です[論文]。
図4:ドメインウォールのつくる重力波とパルサータイミングアレイのデータ