研究教育

研究紹介

これまで、物理的環境(撹乱、気候変動)や生物的環境(昆虫の被食)の変化に対して植物の可塑的応答を介して植物ー昆虫の相互作用および昆虫群集に与える影響を解明する実証研究を北方林と暖温帯林において進めてきました

野外操作実験を駆使して因果関係の解明を目指しています。そのひとつとして、高さ20mのミズナラ成木の樹冠の枝に電熱ケーブルを巻き付けて暖める実験があります。それを私たちは「温暖化実験」と呼んでいます。その成果として、将来の地上部(空気)の温暖化がミズナラ樹冠木の繁殖(ドングリ生産)やフェノロジー(展葉、落葉)に大きな影響を与える可能性を示しました。その他にも様々な研究を行なっていますので、以下に紹介します。 


|植食性昆虫間に生じるプラスの間接効果

植物ー昆虫の相互作用と生物多様性の関係を紐解くためには、群集内の昆虫間にどのような「プラスの間接効果が生じるのかを解明することがひとつの鍵となります。これまでの野外調査と操作実験から、以下の植物の変化が昆虫にプラスの間接効果を与えることが分かってきました。その成果をまとめると、

プラスの間接効果は植物上に複雑な相互作用網の形成を促します。このように、昆虫群集内においては植物形質の変化を介した様々なタイプのプラスの間接効果が多数存在しています。環境の変化に対する植物形質の変化を「植物の可塑的応答」と呼びます。動けない植物は環境の変化に対して自分自身変えることで対応します。つまり、プラスの間接効果は思っている以上に多いのではないかと思っています。

写真1:ゴール形成の刺激で伸長したヤナギ側枝にアブラムシが集まり、さらにそのアブラムシの排出する甘露にアリが集まります。

写真2:鱗翅目幼虫により作られる葉巻。鱗翅目幼虫が成虫になり空になった葉巻はアブラムシが生息地として利用します。この様に他の生物に生息地を提供(創出)する生物のことを「生態系エンジニア」と呼びます。


|林冠における植物ー昆虫の相互作用

森林の中で林冠(高木の枝葉が茂る部位)は最も生産性が高く豊富な食物資源を持っています。しかし、地表からはるかに高いところにあるためアクセスが難しく、これまで「最後のフロンティア」と呼ばれていました。林冠クレーンやジャングルジム(写真3、4)を用いた近年の研究から、林冠では林床とは違った植物ー昆虫の相互作用が見ることができます。その成果をまとめると、

このように森林の階層構造や遺伝構造に着目すると、森林内部の相互作用の不均一性を生じさせる要因がたくさん存在することが見えてきます。

写真3:成木(高さ20m以上)の林冠の観察するためのジャングルジム。今まで未開の地であった林冠が観察できるようになりました。

写真4:ジャングルジム上部に登って見たミズナラ林冠部の展葉。林冠の上部よりも下部から展葉が始まります。ジャングルジムを用いることで詳細な林冠調査が可能になりました。


|植物ー昆虫の相互作用の緯度勾配パターン

マクロスケール(地図のスケール)の視点からの研究も行なっています(図1)。南北に細長い日本では緯度に沿って環境(乾燥、強光)が異なるため、それに対応してブナは葉サイズや葉形質(窒素、LMA)を変化させます。これら葉形質の様々な変化に応答して、昆虫は摂食タイプ毎(写真5:咀嚼性、潜葉性、ゴール性)の異なる緯度勾配パターンが見られました。その成果をまとめると、

このようにブナを利用する昆虫群集に緯度に沿った地理的変異が生じることが分かってきました。 この緯度勾配パターンは温暖化の影響を予測する際にとても役に立ちます。また、長い時間で温暖化した時の応答として捉えることができます。

図1:全国22地点に設置してあるリタートラップ(写真)で回収したブナの落葉から被食度の緯度勾配を調査しています。

写真5:植食性昆虫には様々な摂食タイプ(咀嚼性、潜葉性、ゴール性)があります。摂食タイプ毎に異なる緯度勾配パタンが見られます。


|高木を暖めた大規模野外操作実験

世界中で様々な温暖化の操作実験が現在行なわれていますが、高木を暖めた研究はほとんどありません。そのため、成熟林の生態系が温暖化に対してどのように応答するのかはほとんど分かっていません。そこで、苫小牧研究林において高さ約20mのミズナラ高木(遷移後期種)の冠部の枝と土壌(根部)に電熱ケーブルを用いて別々に暖めて、北方林の温暖化応答のメカニズムを解明することを目指しています。

枝の温暖化(写真6)は葉形質や被食度に影響を与えていませんが、土壌の温暖化(写真7)は葉の防御物質(CN比、フェノール)を増加させ、被食度も低下させていました。さらに、様々な生態的機能(光合成、土壌呼吸、植物繁殖、細根生長、BVOCなど)についても共同研究により解明を目指しています。

一方、ミズナラだけでなく中川研究林ではダケカンバ高木(遷移初期種)を用いた温暖化実験も開始しており、各遷移段階に生育する植物の温暖化応答の違いも考慮しています。その結果は短い時間で温暖化した時の応答として捉えることができます。

写真6:農電ケーブルを樹冠部(高さ20m)の枝に這わせた温暖化実験。この枝温暖化はドングリ生産を増やし、落葉を遅れさせました。

写真7:農電ケーブルを埋め土壌の温暖化実験。地面の雪が解けています。この土壌温暖化は遠く離れた樹冠の葉の形質と被食度に影響を与えていました


|撹乱が植物ー昆虫の相互作用に与える影響

稀に起こる大規模な自然撹乱(台風など)は樹木更新だけでなく、森林の植物ー昆虫の相互作用にも大きな影響をもたらすことがあります。台風や昆虫大発生に注目して研究を行ってきました。その物理的ダメージを模倣した野外操作実験(写真8、9)や撹乱後の野外調査から、以下のことが分かってきました。

このように撹乱は植食性昆虫の種組成・密度・被食などに大きな影響を与えていました。また、その影響は撹乱サイズや樹木の遷移段階によって異なります。これからもこの回復過程を追って行きたいと思います。

写真8:昆虫大発生(強い被食)を模倣した葉むしりの野外操作実験。ジャングルジムで囲んだミズナラ高木の全ての葉を取除きました。

写真9:樹冠の全ての葉を取り除いた後のミズナラ高木(6月下旬)。

写真10:台風撹乱により高木が倒れて、樹冠に大きなギャップができます。そのギャップが林床の光環境や土壌栄養塩を変えます。


|道路工事後の森林復元のための取組み

かつての「緑化」は牧草を主体とした植生で法面などの撹乱跡地を被覆することを指していました。しかし近年になり、遺伝的撹乱の影響をできるだけ排除するために、地域性苗木の植栽などが検討され始めています。

中川研究林内に建設中の音威子府バイパスの一部の法面では、さらに発展させて、より確実に元の森林に復元する工法として森林表土をブロック状に切り取り、新たに発生する盛土法面に貼付ける方法=「表土ブロック移植」の実用化に向けた試験に取組んでいます。この表土ブロック移植は、森林の表土に含まれる植物の根、種子、土壌動物、土壌微生物を腐植に富む表土とともに移植するものです。

 表土ブロック移植はある建設現場では既に事業化されていましたが、ブロック移植の経費が高価で、またその評価もいまだ定まっておらず、普及には至っていませんでした。そこで、音威子府バイパスでは、既存の建設機器を使用して、誰にでも表土ブロック移植が可能な方法を確立しました(写真11、12)。また、短期・中期的な森林復元を評価する植生や土壌動物の調査も予定にしています。森林を通過する道路において、「表土を含めた森林復元」が求められる時代が近い将来必ずやってくると考えています。(旭川開発部、北海道開発技術センターとの共同研究)

写真11:切り取りした表土ブロックの運搬。比較的容易な表土ブロックの作成方法を確立しました。

写真12:音威子府バイパスの一部の法面に行われた表土ブロック移植試験。移植して冬を越した後の状況です。移植プロットと対照プロットが交互に設置してあります。移植プロットは生産性や多様性が高く、対照プロットとは全く違うことが見てとれます。


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