昭和十年東京は秋晴れが続く、銀座4丁目の服部時計店前の交差点は昔も一番賑やかな言わば銀座の顔であった。その信号機は鉄板式手動信号機で、操作は一人の警察官、ですから、交差点の途中で車がエンストで止まると、信号機を離れて車まで歩いて来なければ用が足せないのだ。当時の部車にはセルモーターは無く、クランク棒を廻して始動する車、それも3回いや5回でも掛かるような代物ではない。そこで我々は交差点の50米手前でエンジンキーを抜いて、手押しで交差点に入り、車を押す、その姿がほほえましいのか、呆れてなのか、多くの銀座マンが立ち止まって見物する。キーを抜いているのだから警察官が手伝って押したっても掛るはずはない。これを茶目気の至りと云ってもいいのか誠に呑気な時代でもあった。