ポンコツの代表は何といっても早稲田大学自動車部の部車の右にでるものはないだ筈である。外見から見ると、どう見ても鉄の固まりである。行く人々は誰しも茫然として立ち竦む有様であった。その点宣伝力は抜群であった。そしてそれが一度ぶるんぶるんと紫煙をあげエンジンがかかり、大隈講堂の壁に反響するとさらに宣伝効果は100%であった。
現在の車と違ってスターターが無いから、始動は車の前に立ち、ラジエーター下方にある穴にクランクシャフトを差し込み両手でシャフトを力一杯グルつと廻さねばならない。一回二回位でエンジンが始動すれば優秀だが、何回廻しても遂に掛からずお手上げの場合もある。到底御婦人の手ではどうにもならない代物であった。
しかしながら、手の掛る、それがだんだん愛着を生み、のめり込んでしまうのである。
そして、やれ不思議愛着が増すにつれ段々我々の気持ちを察してか、一発で云うことを聞いてくれ、このじゃじゃ馬が動いてくれるのである。
所が、私が学生服で家に帰ると工場帰りの職工の匂いがすると云われてしまう。それがあって、学生服着用の場合は作業服を着てもよいと部則が改正された。
家に帰ると耳に付いたポンコツの騒音を打ち消すように12インチ盤のシンホニーを竹針使用の電蓄で静かに聴く、それは中学時代からの趣味でもあったので、これは良い知恵であった。中でもべートーベンの各シンホニ一、バイオリンコンチェルト、モーツアルト、それにシューベルトと気の向くままに耳の安らぎに利用したものです