大正時代から自動車運転免許制度は従来とおり踏襲されていましたが、関東大農災の復興に伴い、免許取得人口が急激に増加してきたので、これを機会に甲、乙種免許を合体して昭和9年4月1日から全国一律、普通見許という制度に改革されました。私はそれ迄は満18才になっていなかったので、資格がなく、指をくわえているばかしでしたが、18オとなり、大学の入試と免許の試験が同時期となり大変でしたが、大学の方は幸いに合格、次に免許試験です。当時の状況は学科と実技があるのは今と同じですが、学科の方の合格が難しく、特に構造は図面を描かされる事もあるらしいと云われて準備もした。当時の警視庁管内の受験者一日400人中学科合格者は20名程度でした。
学科も無事合格、実技は公平を期して2回A、B二人の試験官による試験で、試験官によりコースも違います。結果は両者会計で合否が挟まります。兎も角軽くクリヤーして合格、普通免許第1号の免許証を頂きました。
それ以来、70年が経ってしまいましたが、後どれだけ生きるのか判りませんが、この誇りを汚さぬように務めたいと思っています。