免許取得で前述のような思ってもいないミスをやった事は、済んだ事とは云え私の落ち度でもあったが、年齢がまだ受験資格に達していないのに、日付の問違いが指摘されずにそのまま受理されてしまったのである。何たることか、それが東京のど真ん中、東京警視庁が受理してしまったのだ。これをラッキーとしてしまったのが心配で身が震える思いで交付の日は斎戒沐浴して警視庁に参上した。
大学の制服を着て立ち竦むように、係の前にある私はまこと一世一代の立ち姿出合ったのだ。思えばこれから人生の波乱が始まったと云ってもよい。
新部員は主流である自動車協会とモーター研究会の二つに別れてそれぞれ対抗意識があったが、モーター研究会の方が合格率が高かった。一芸を持った指導者が比較的に多く配置されていたせいもある。私は、免許取得と同時に、レギュラ一候補に任命されて幸いにも特訓をうける事ができた。これも渡辺先輩の配慮に大きく関わった事で、私の一生に恩人とも云え、感謝の極みである。
免許証の間違いはもう時効と思うがいつも気がかりの事ではあった。