第2回要請文

「東京大学環境放射線情報」Webページ、及び

原発事故に由来する放射能汚染に関する要請

東京大学総長 濱田 純一 殿

[要請の概要]

I. 「東京大学環境放射線情報」Webページの内容に関する要請

1) 記述の変更に関する説明

a) 記述の変更点とその理由を標記Webページに記載する。

b) Webページの記述に関して責任を持つ組織とその責任者の名前を提げる。

2) 放射線量のデータと説明に関する要請

a) 柏周辺は地質学的には自然放射線がむしろ低い地域なので、地質の影響によって高いと言う説明を削除する。

b)柏(1)、柏(2)での過去のバックグラウンドの測定値について、具体的なデータを示す。

c)柏(1)の過去の測定値が 0.08〜0.16μSv/時 であれば、これを0.1〜0.2と「丸める」のは適切ではないので、表中の平時の値にも0.08〜0.16 と記入する。

d)柏(1)と柏(2)で観測された放射線量の差が自然バックグラウンドの差によると言う説明は合理的ではないので、これを削除する。

e) 本郷(1)、柏(1)での測定と結果の公表を、頻度を下げても再開する(必要があれば私たち有志も協力致します)。

3) 健康リスクの説明に関する要請

a) 放射線量に比例して健康リスクが生じると言う標準的な見解を明記する。

b) 一般公衆の法的な被曝限度は 1mSv/年 であることを明記する。

c) ICRP勧告を引用する際には、勧告の趣旨を尊重した引用を行う。

II. 汚染状況の詳細な調査に関する要請

柏キャンパスのより多くの地点で放射線量や、土壌を汚染している放射性核種の測定などを行って汚染状況を明らかにし、その結果を公開する。

[本文]

東京電力福島第1原子力発電所の事故による放射能汚染につき、6月13日に提出いたしま

した「「東京大学環境放射線情報」Webページに関する要請」(教員有志45名)をさっそ

くお取り上げいただき、ありがとうございました。総長の迅速な対応により、標記Webペ

ージにおける記述が改善されたことは、東京大学の社会的責任という点から喜ばしいこと

です。

しかしながら、私たちは、標記Webページの記載にはなお解決すべき課題が残っている

と考えます。また、福島原発事故に由来する放射能汚染については、Webページによる

適切な情報提供にとどまらず、国民が直面しているこの困難な状況に向き合い東京大学と

してさらに積極的な対応を通じて社会に貢献できる途があるのではないかと考えておりま

す。

そこで以下では、Webページのいっそうの改善、およびそれに関わる具体策について述べさせていただきます。

I. 「東京大学環境放射線情報」Webページの内容に関する要請

1) 記述の変更に関する説明の要請

6月14日付の変更により、標記Webページの記述は一定の改善を見たものと考えます。しかし、同ページはこれまで地域社会にも大きな影響を与えています。いくつかの例を以下にまとめています。

http://sites.google.com/site/utokyoradiation/home/municipalities

東京大学として、記述の重要な変更については、最低限、どのような変更を行ったか及びその理由についての説明を行う責任が、特に周辺地域社会に対してあるものと考えます。そこで、以下の2点を要請します。

a) 記述の変更点とその理由を標記Webページに記載する。

b) Webページの記述に関して責任を持つ組織とその責任者の名前を掲げる。

2) 放射線量のデータと説明に関する要請

説明が追加されたことは改善です。しかし、依然としていくつかの疑問が残ります。観測データは、さまざまな判断の基礎になるものであり、学術機関として社会の信頼に応えうるデータおよびその説明を提示する必要があるものと考えます。

a) 先の要望書に述べた通り、柏周辺では地質学的には自然放射線はむしろ低い地域なので、地質の影響によって高いという説明は適切ではありません。

b)柏(1)、柏(2)での過去のバックグラウンドの測定値があるということなので、震災前の具体的なデータを提示すべきです。

c)柏(1)の過去の測定値が 0.08〜0.16μSv/時 であれば、表中の平時の値にもそのように記入すべきであり、0.1〜0.2と「丸める」のは適切ではありません。(例えば、仮に過去の測定値が 0.07〜0.14μSv/時 だった場合を考えると、同様に丸めると 0.1〜0.1になってしまいます。)

d)また、5月10〜13日の期間に柏(1)と柏(2)で同時刻に測定されたデータは16点ありますが、それらの平均は柏(1)で 0.37 μSv/時、柏(2)で 0.25 μSv/時であり、その差は 0.12 μSv/時に及びます。(以下の表を参照)

過去のバックグラウンドが記載のとおり柏(1)で 0.08〜0.16、柏(2)で 0.07〜0.10 μSv/時 とすると、その差は 0.01〜0.06μSv/時、仮に柏(1)の上限と柏(2)の下限を比較してもその差は0.09μSv/時 に過ぎません。2点で観測された放射線量の差は、バックグラウンドの差によっては説明がつかないことは明らかです。したがって、「原子力発電所からの事故による飛来物の量は柏(1)と柏(2)でほぼ同じ」とする推察も成り立ちません。これらの科学的に適切でない説明は削除する必要があります。

e) 以上のことからも、以前より頻度を下げてもよいので、柏(1)と本郷(1)での測定を継続し結果を公表する方がよいと考えます。もし担当者の負担が問題でしたら、私たち有志が測定に協力いたします。

f) 柏(1)、柏(2)両地点とも、線量が高い主因は福島原発事故によるものですので、主因を明らかにする記述が必要です。

3) 健康リスクの説明に関する要請

Q3 「キャンパス内で測定されている放射線量(空間線量率)は人体への影響はありますか?」について、「健康にはなんら問題はない」という断定がなくなったことは大きな改善であり、迅速に対応して頂いたことに感謝致します。しかし、現在の版にも問題は残ります。

3月21日付のICRP(国際放射線防護委員会)声明が引用されていますが、これを掲げるだけでは質問に対する回答として十分ではありません。ICRP勧告は20mSv/年 以下の被曝を無害とするものではけっしてなく、むしろ健康リスクの存在を前提として、「住民がその場所に住み続ける選択を可能にする」趣旨です。「現存被曝状況」(事故後の安定した時期の被曝状況)についての対処を詳述したICRP Publication 111(国際放射線防護委員会2009年勧告)でも、正当化(「いかなる行為もその導入が正味でプラスの利益を生むものでなければ採用してはならない」)と最適化(「すべての被曝は、経済的及び社会的な要因を考慮に入れながら合理的に達成できる限り、低く保たなければならない」)の原則が強調されています。ICRP勧告で認められている「参考レベル」(これを上回る線量を受けることは不適切と判断されるが、合理的に達成できる範囲で、線量の提低減を図ることとされているレベル)の数値のみの引用は誤解を招きかねません。仮にICRP勧告に従うとしても、民主主義国家である日本では、国民にリスクの存在を周知することが正当化と最適化の原則の堅持のために必要不可欠です。

また、ICRP勧告はあくまでも勧告であり、日本での採否は日本が主権国家として判断すべきものです。一般公衆の被曝限度 1mSv/年 の法的限度は今も有効であり、これを超えることが予想される線量は、コンプライアンスの観点からも無視すべきではありません。

II. 汚染状況の詳細な調査に関する要請

I-2) で述べたように、10m程度しか離れていない場所であっても、天然石のバックグラウンドの差では説明のつかない線量の差が存在します。実際、狭い範囲内でも、放射能汚染が場所によって大きく異なることは、多くの観察が明らかにしています。そこで、私たちとしては、柏(1)での測定の復活のみならず、一つのモデルケースとして柏キャンパス内のより多くの点で放射線量を計測し、また土壌汚染の分析なども行うことによって、キャンパス内の汚染状況を明らかにすることを提案致します。

これは、周辺地域、さらにはより被害の大きい福島県内などでの対策の参考にもなるものと思われます。私たち有志で行うこともできますが、東京大学が公式に行って情報を公開することにより、社会により明確な形で貢献できるものと考えます。この調査についても、私たちはできるだけ協力致します。

III. まとめ

以上で私たちの提案するWebページの改善、および関連する対策の実行は、東京大学憲章における理念および目標にも合致するものと信ずるものです。以下、東京大学憲章の関連すると思われる部分を引用致します。

研究が社会に及ぼす影響を深く自覚し、社会のダイナミズムに対応して広く社会との連携を確保し、人類の発展に貢献することに努める。

東京大学は、研究が人類の平和と福祉の発展に資するべきものであることを認識し、研究の方法および内容をたえず自省する。東京大学は、研究活動を自ら点検し、これを社会に開示するとともに、適切な第三者からの評価を受け、説明責任を果たす。

教育・研究活動に必要な学術情報を体系的に収集、保存、整理し、構成員に対して、その必要に応じた適正な配慮の下に、等しく情報の利用手段を保障し、また広く社会に発信することに努める。東京大学は、自らの保有する情報を積極的に公開し、情報の利用に関しては、高い倫理規範を自らに課すとともに、個人情報の保護を図る 。

東京大学は、研究成果を社会に還元するについて、成果を短絡的に求めるのではなく、永続的、普遍的な学術の体系化に繋げることを目指し、また、社会と連携する研究を基礎研究に反映させる。

ご高配のほどをよろしくお願い致します。

平成23年7月1日

東京大学教員有志