生物起源炭酸塩を用いた古環境復元

近年,二酸化炭素濃度の増加にともなう地球温暖化が全地球レベルでの大きな環境問題になっています.地球温暖化は気温の上昇による生態系の変化,海面上昇などだけでなく,台風や大雨の増加,猛暑・暖冬など短期・長期の環境変動を引き起こす可能性が指摘されています.今後地球温暖化が進むとわたしたちの生活環境はどのように変化するのでしょうか?

将来の環境を予測するためには、過去の環境がどのようであったかを理解することが非常に重要です.例えば約1万年前にも二酸化炭素と気温が共に上昇した時期があります.その当時の環境変動を詳しく理解して,それをモデルとすることで将来の地球環境を予測することが可能になるかもしれません.過去の環境を調べることは将来予測のために非常に重要です.

私は、サンゴや有孔虫,二枚貝などの生物が作る炭酸カルシウムの化学組成や同位体比を分析することで過去の環境を復元する研究を行っています.

炭酸カルシウムに含まれる化学成分や同位体比の中には水温や塩分など周囲の環境変化に敏感に反応し,その組成を変化させるものがあります.そのような環境変動を記録する化学成分を古環境指標と呼んでいます.そして,古環境指標となる元素を過去の骨格部分にさかのぼって分析して行くことで,過去の環境を復元することが可能になります.

復元できる環境情報は分析する試料によって変わってきます.

サンゴは熱帯・亜熱帯に広く生息する刺胞動物で,骨格の疎密に対応する1年に1対の年輪を刻みながら成長します.長寿のものであれば数百年にわたって連続的に成長を続けます.過去の骨格部分にさかのぼって化学分析することで,数週間レベルの時間間隔で数百年にわたる環境変動を復元することが可能です.このようなスケールでの環境変動には地球温暖化,エル・ニーニョなどがあります.

二枚貝は1日に1本(もしくは2本)、日輪を刻みながら成長します。貝は様々な場所に住んでいるため、広い範囲の環境に応用することが可能です.また,サンゴ礁に生息するシャコガイは長寿のものだと百数十歳にもなる個体もいます.貝殻を日輪レベルで分析することで,1 日以下のスケールで環境復元が可能です.このようなスケールでの環境変動には,大雨や台風などの短期的イベントや潮汐などがあります.

有孔虫には海水面に浮かんで生息している浮遊性有孔虫と,海底面で生息する底生有孔虫に分けられます.海底では有孔虫を含む生物の死骸などが降り積もって,泥上の堆積物が層状に積み重なっています.堆積物は深くなるほど過去につもったもので,表面は最近積もったものです.研究船で海底の堆積物を採取し,その中に含まれる有孔虫の殻を拾い出し,深さ方向に分析することで過去の環境を復元できます.海洋底堆積物ではサンゴや二枚貝のように細かい時間スケールでの復元はできませんが,その代わり非常に長期間にわたる環境情報を復元することが可能です.

その他にも,円石藻,深海サンゴ,鍾乳石,硬骨海綿など,様々な炭酸カルシウムから過去の環境を復元することが可能です.