非社会性昆虫と菌の栽培共生(ニホンホホビロコメツキモドキと酵母)
人間は農耕を行いますが、昆虫も農耕を行います。栽培共生(宿主が共生生物を育てて食べる共生関係)は、地球上で広く、様々な生物に見られます。特に、社会性昆虫(ハキリアリ、キノコシロアリ、養菌性キクイムシ)と共生菌の間で高度に発達しており(農耕と称されます)、多くの研究がなされています(Currie et al. 1999, Natureなど)。農耕は、宿主が共生生物を植え、守り、食べ、かつそれが栄養源として必須であることで定義されます(Mueller et al. 2005, Annu Rev Ecol Evol)。一方、農耕の条件を満たさない原始的な栽培共生は非社会性生物からもいくつか知られていますが、そのほとんどの実態は不明で、共生関係を実験的に示した例はごく僅かです。
私は、非社会性昆虫ニホンホホビロコメツキモドキDoubledaya bucculenta(鞘翅目オオキノコムシ科:以下ニホンホホビロ)と酵母Wickerhamomyces anomalusの栽培共生を発見し、野外調査や飼育実験などによってその実態を明らかにしました。ニホンホホビロコメツキモドキの雌成虫は共生菌を運ぶポケット(菌嚢、マイカンギアとも)を持ち、枯死直後の竹の空洞内に産卵と同時に酵母を接種します。幼虫は酵母を竹空洞全体に拡げ、酵母の農園を迅速に作り、その酵母を食べて育ちます。実験的に酵母を除去して飼育しても育ちません。つまり、その成長には酵母が必須です。
ところで、作物を栽培するメリットは何なのでしょうか。作物の栽培は、単一の作物を狭い範囲で大量に安定的に得ることができます。宿主は、共生生物を食物とすることで、これまで利用不可能だった競争者のいない/少ない資源を利用可能となり、ニッチを大きく拡大できます。社会性昆虫に見られる最も発達した栽培共生「農耕」や人間の農耕は、高い生産性が実現され、栽培共生の最も成功した例と捉えることができます。これらは生態系においても影響力の強い極めて重要な地位を占めています。
しかし、農園の維持には多大なコストがかかります。作物は病虫害の影響を受けやすいため、病虫害対策が不可欠です。人間の場合、除草、農薬の投与、高頻度のモニタリングなどが行われます。社会性昆虫の場合は、害菌の物理的排除(≒除草)、害菌特異的に効く抗生物質の投与(≒農薬)、高頻度のモニタリング、農園の外界からの隔離が行われ、人間のそれと類似した巧妙な仕組みで農園が維持されます(Scott et al. 2008, Scienceなど)。人間は機械化や、あるいは多人数による分業や協力によって、大規模、長期の耕作を行い、社会性昆虫は分業を高度に発達させ、大規模、長期間の農園の維持に成功しています。
ニホンホホビロコメツキモドキの幼虫の活動している竹を割ると、白い酵母のコロニーが空洞全体に広がっているのが確認できます。空洞内の菌相はほとんどこの酵母で占められています。非社会性昆虫ニホンホホビロコメツキモドキも人間や社会性昆虫と同様に病害に悩まされているのでしょうか。そうだとすればどのように農園を維持しているのでしょうか。現在、酵母の農園が維持される仕組みを解明しようと研究しています。
メスに見られる顕著に左右非対称な外部形態の適応的意義(ニホンホホビロコメツキモドキ) 解説文
左右非対称な外部形態を示す動物において、その非対称な形態はしばしば生存や繁殖に対して適応的意義を持つことが知られています(Hori 1993, Scienceなど)。これまで、非対称性の適応的意義や進化に関する研究では、非対称性が摂食や雄間闘争、配偶行動に関係することが示されています。しかし、非対称性が雌特異的に発現している動物は非常に少なく、またその非対称性についての関連研究もありませんでした。
ニホンホホビロコメツキモドキの雌成虫の頭部は顕著な左右非対称を示し、左側が発達しています。ところが、雄成虫の頭部は、一見すると左右対称です。私は、この雌にだけ現れる顕著な非対称の意義を調べています。
コメツキモドキ族の系統関係
栽培共生や左右非対称な頭部の進化過程を解明するうえで、コメツキモドキ族(約1000種)の系統関係の解明は欠かせません。ですが、残念なことに、形態形質に基づく古い分類体系が提示されているのみで(Villiers 1945, L’Abeille)、分子系統に基づく系統学的研究はありません。私は、特にホホビロコメツキモドキ属(約40種)の単系統性を明らかにするために、国内外でコメツキモドキ族をたくさん採集し、分子系統を構築したいと考えています。そのために、東南アジアへ何度も行かなければなりません。
ヒゲナガカミキリ族カミキリの食性進化、昆虫嗜好性線虫との共種分化
植食性昆虫の食性は枯死植物から健全な植物まで多様です。しかし、植食性昆虫の食性進化は、植物と昆虫の相互作用の結果として説明されることが多く(Ehrlich and Raven 1964, Evolution)、枯死植物を利用する昆虫も含めて扱った食性進化の研究はわずかでした。私は、農林業害虫が多く生態学的知見の蓄積されているヒゲナガカミキリ族を対象として、分子系統から食性の進化過程を推定しました。その結果、広葉樹枯死木食を祖先形質として広葉樹生木食、針葉樹食、草本食が進化したこと、それとともに広食性から狭食性へと進化したことが示唆されました。
松材線虫病(松枯れ)の病原生物であるマツノザイセンチュウとその近縁種は、ヒゲナガカミキリ族カミキリを運搬者として利用します(便乗共生)(神崎 2006, 日林誌)。松材線虫病の防除にはカミキリと線虫の歴史的な依存関係の理解が必要ですが、カミキリ-線虫の共種分化プロセスを扱った研究はありませんでした。私は、カミキリ-線虫の共種分化プロセスを分子系統樹によって調べました。その結果、カミキリ-線虫間で共種分化が複数回起きていたこと、松材線虫病を引き起こす針葉樹依存の共生系は、広葉樹依存の共生系から派生したことが示唆されました。
材依存性昆虫と微生物の共生関係
森林には大量の樹木があります。樹木の木質部「材」は、難分解性の高分子(セルロース、ヘミセルロース、リグニン)を主要成分とし、栄養分に乏しい特徴があります。そのため、ほとんどの動物は自力で材を栄養源とすることができません。しかし、実際には、膨大な昆虫が材をエサとして生きています。これら材依存性昆虫の多くは微生物と共生しており、木材利用において、共生微生物が鍵となった可能性があります。つまり、共生微生物に材の難分解性成分の分解を助けてもらい、昆虫が利用可能な物質へ変換してもらっているかもしれません。
ところが、現在までのところ、どの材依存性昆虫がどんな微生物とどのような共生関係を結んでいるのか、ほとんど分かっていません。私は、カミキリムシ、クワガタムシ、ツツシンクイムシなどを対象に微生物との共生関係を調べています。