研究内容

研究の興味:

超平面配置の代数、特に対数的ベクトル場とその自由性に興味を持って研究しています。関連するテーマとしては、自由配置、ベクトル束の分裂問題、ヘッセンベルグ多様体、ポアンカレ多項式、ルート系とワイル群など、様々な分野のものがあります。以下、より具体的に書きます。

1. 超平面配置の自由性の研究

一番メインの研究テーマです。超平面配置はベクトル空間中の超平面の有限集合ですが、それらに接するような多項式ベクトル場として対数的ベクトル場という代数、あるいは射影化したところでの層が定義されます。これは一般には反射的という良い性質を持ちますが、自由、つまり直線束の直和に分裂することは一般にはありません。一般にはベクトル束にすらなりません。自由配置は、その分裂型からポアンカレ多項式が決まるという、寺尾の分解定理が成立します。この寺尾宏明先生の結果がきわめて強力で、代数をやっていながらトポロジーや組み合わせ論とも関連がある、というのが自由配置の面白いところです。元来の僕の学生時代の研究テーマは射影空間上のベクトル束の分裂問題という、非常にこれに近いものだったこともあって、代数・代数幾何的な手法を用いて自由配置の研究をしています。

研究内容は概ね二つで、一つは自由性に関する一般論です。すごく雑に言うと、こういう配置は自由配置である、という主張か、もしくは自由配置はこういう性質を持つ、という主張を研究します。必要十分条件が示せれば一番いいのですが、実はあまりそういったものは知られていません。齋藤の判定法と吉永の判定法がもっとも有名ですが、他にはあまりないのではないでしょうか。それを弱めて必要性や十分性だけにしてあげると、すべての自由配置に対しては言えませんが、その代わり幅広いクラスに対して色々と面白い挙動が見えてくることがあります。また、この分野で残っている最大の問題は寺尾予想といって、超平面配置の自由性がその交わり方の情報にのみ依存するかどうか、を問う問題なのですが、これにも興味は持っています。ただ、僕はあまり必要十分条件を扱ったことがないので、寺尾予想が成立するクラスを広げる、という研究が多いです。

もう一つはルート系に関連した自由性研究です。対数的ベクトル場はもともとは、齋藤恭司先生が超曲面孤立特異点の変形を記述するために導入したものでした。その代表的なものがルート系と関係しています。結晶型既約ルート系が定めるワイル配置やその一般化たるコクセター配置は自由となることが、齋藤先生によって示されていますが、これには不変式論を使います。ルート系は元来代数・代数幾何・表現論・トポロジー・特異点論が絡んでいるため、コクセター配置の部分配置や拡張された配置の自由性研究は、例えば齋藤の原始微分や不変式論、グラフ理論などの組み合わせ論と結びついて、非常に豊かな分野をなしています。これらについても色々と研究をしています。

2. 自由配置の幾何学、ヘッセンベルグ多様体などとの関連に関する研究

自由配置はもともとはコクセター配置やその余不変式環、ルート系の一般化たるものとして期待されていたと思うのですが、実は幾何学的な挙動はあまりよくないことが知られています。例えば補空間の複素化はK(\pi,1)ではないことが割と早々に調べられました。その意味では、超可解配置のほうが良い一般化なのかもしれませんが、これは例えばD型のワイル配置を含まないので、やはり一般化とは言い切れません。自由配置の幾何学としては、やはり寺尾先生による分解定理が最も良い結果で、そこから先にはなかなか進まないところがあったと思います。

しかし何もないわけはないだろうと思う人は多いわけで、今でもいろいろな研究があります。例えばDimcaさんたちがやっているnearly freeなどは、射影曲線の対数的ベクトル場の構造と特異点を結び付けようという試みです。その流れで、自由配置の幾何学が何かないだろうかと思っていたところで出会ったのがヘッセンベルグ多様体でした。これはまだ定式化されてから25年くらいしかたってない若い多様体ですが、おそらく旗多様体やSpringer fiberなどを統一的に記述し、幾何学・トポロジーのみならず組み合わせ論や表現論、代数幾何のフレームワークで研究する土台を構築しようとしている対象だと個人的には理解しています。

そのヘッセンベルグ多様体の中でも最もよく研究されている(言い換えれば構造が比較わかりやすい)正則冪零ヘッセンベルグ多様体のコホモロジー環が、対応するイデアル配置から構成される新しい代数(Solomon-寺尾代数)を用いた表示を持つことを示しました。この時自由性からコホモロジー環の完全交差性が導出され、かつポアンカレ多項式もイデアル配置の指数から完全に書き下すことができます。これはおそらく自由配置を用いた幾何学への最初の明確な応用で、かつ自由性という代数的に良い性質により、様々な幾何がわかるという構造になっています。まだこれしかありませんが、ヘッセンベルグ多様体やシューベルト多様体と対応する超平面配置の自由性の研究はまだまだやることが多いのでは、と期待しています。

3. 情報セキュリティに関連した研究

作成中

研究するための基礎知識(学生さんへ)(あくまで僕のところで勉強したい学生さん用です。他の先生のところだとたぶんこれとは全然違います)

1についてですが、まず可換環論には熟達している必要があります。Atiyah-Macdonaldレベルの可換環論はマスターしてください。無論ほかの可換環論の本でもいいです。それにプラスして、Atiyah-Macdonaldにあまり載っていないホモロジー代数、深さ、正則列、射影次元、ExtやTor、次数付き環も勉強してください。松村の可換環論やHartshorneの該当する箇所を読むのが良いと思います。あと当たり前なので書き忘れましたが、線形代数には相当慣れておく必要があります。1の内容は極言すれば多項式環上の線形代数です(これはすごく難しい)。

これで実は研究が開始できるというところが、1のいいところでもあり悪いところでもあります。つまりこの後、Orlik-Teraoの4章を読めば、とりあえず超平面配置の代数に関する最新の論文を読む準備はできます(1章や2章の基本的なところも読まないとダメですが)。ただ、これだけで先に進むと、代数にだけ落ち込んでしまうかもしれず、それはそれでいいのですが、超平面配置は代数と他の分野が交わるところが面白いので、もうちょっと色々と世界を広げておいたほうが良いのは間違いありません。ただ原則として、ここまでの勉強でもすごく頑張れば研究はできるはずです(論文を読むために適宜勉強をする必要はありますが)。とはいえ、僕はさすがにこれだけの知識で戦ったことはないので、本当にこれだけで行けるのかはよくわかりません。

僕流で行くならば、これに代数幾何、特に層やベクトル束の知識が必要です。Hartshorneの三章まで読んだ上で、Okonek-Schneider-Spindlerを読めるとかなり大丈夫になります。これで、吉永さんが吉永の判定法を証明した論文を、証明をすべて理解して読む準備ができます。吉永さんの論文は今の自由配置研究の基礎なので、個人的にはあれはちゃんと読めるようになってほしいです。無論、吉永さんの結果を認めてしまって進むという手もなくはないですが、今や代数幾何(といっても上の本くらいなので、代数幾何本流で求められる知識と比べるとほとんど零のようなものです)の手法を使うことは自由性研究でもポピュラーになっているので、できたほうが間違いなく良いです。僕は一応学生時代にMumfordのred bookやGITは読みましたし、EGA関連も必要なところは読んだりしましたが、現状研究に生かしたことはないです。でもそれらで学んだ考え方が生きている可能性はあります。代数幾何は非常に使える道具なので、勉強が好きな人はたくさん勉強してください。

またルート系関係は、Humphriesの本でルート系とワイル群・コクセター群及び(余)不変式環のことを理解できればとりあえず大丈夫です。代数を扱う分には、そこまで深く知らなくてもある程度は戦えますので、これがわかったら寺尾先生のmultiCoxeterや吉永さんのEdelman-Reinerの解決の論文、あるいは僕の論文リストのideal freeの論文を読む、という勢いで実戦に入ったほうが良いです。超平面配置の代数のルート系関連の研究は、かなり超平面配置特有の特殊なテクニックが随所に使われているはずで(僕はどっぷりそれに浸かってしまっているので気づきづらいのですが)、そこは実戦で学んだほうが良い気がします。原始微分関係はなかなか難しくて、上の論文を通してとりあえず定義と使い方だけ学んでやってみるのも手です。齋藤先生の元論文を読んでやるのがベストではありますが、僕も読み切れていません。

組み合わせ論の知識もあったほうがいいですが、そこまで深い知識でなくてもとりあえずは大丈夫です。Stanleyの数え上げ組み合わせ論とか読めていればとても良いです。グラフとかかわる部分も多いので、そういう研究をしたい場合はそれなりの専門書や論文で勉強してください。僕はグラフの細かい話はあまり得意ではありませんので、学生さんから教えてもらうのは大歓迎です。

また、これも僕はあまり得意ではないのですが、表現論やLie環の話は知っているととても楽しいはずです。2とかでも出てきますが、たぶん自由性関連でこれから流行ってきます。なので得意な学生さんはぜひ勉強して教えてください。

1とはちょっと離れる部分もあるのですが、複素幾何は学生のうちにできるならやっておいたほうがいいです。特にRiemann面。これを知っているといないとでは見える世界が違います。僕は勉強しなかったので見えないことだらけです。見えたら楽しいだろうなあ、とは思います。

また、昔と違って、計算機を使って自由性や特性多項式、対数的ベクトル場の生成元を計算できることもすごく重要になりました。超平面配置は線型なので、計算機とすごく相性が良いのです。MapleでもMathematicaでもSingularでもMacaulay2でも何でもいいので、プログラムを書いて計算できると研究の幅が広がります。苦手なことばかり書いているようですが、僕はプログラムは一切書けませんし、計算に計算機を使ったこともありません。全部手計算です。それはそれでよい部分もあるのですが、扱える対象が少なくなるので、これからの学生さんは絶対に何か計算機を使えたほうがよいです。ただ、計算機だけに頼ってしまうとよくないので、悩ましいところです。とはいえ、計算機で一発なにか反例を見つけたらそれはそれですごいという分野なので、この業界ではとても便利な道具です。

上の勉強を通して読んだほうがいい論文をまとめておきますが、まだほんの一部だけしか書けていません。ここ最近の進展の多くは僕がかかわっている仕事がほとんどなのですが、それを書いているとちょっと量が多すぎるので、僕以外の人が書いたものを中心に今は載せています。


(0)とりあえず全般的なもの

(0-1) Arrangements of hyperplanes (P. Orlik and H. Terao) Springer-Verlag

超平面配置全体を通して書いてある唯一の本です。もう二十年くらい昔の本ですが、まだ第一線です。基礎的なところは何でも書いてあります。僕の研究に対応するには、1章と2章の必要なところを読んで、4章を全部理解すれば第一段階という感じです。6章で自由性と関係あるところも読めたほうがいいです


(a) 自由性研究(可換環論中心)

(a-1) A formula for the characteristic polynomial of an arrangement. (L. Solomon, H. Terao), Advances in Math. 64, no.3 (1987), 305-325.


(b) 自由性研究(代数幾何も含む)

(b-1) On the freeness of 3-arrangements. (M. Yoshinaga) Bull. London Math. Soc. 37(2005), 126-134.

(b-2) Characterization of a free arrangement and conjecture of Edelman and Reiner.(M. Yoshinaga) Invent. Math. 157(2004), no. 2, 449-454.

(b-3) Freeness of hyperplane arrangements and related topics. (M. Yoshinaga) Annales de la Faculte des Sciences de Toulouse, vol. 23 no. 2 (2014), 483-512.

(b-4) Logarithmic bundles and Line arrangements, an approach via the standard construction (D. Faenzi, J. Valles), J. London Math. Soc. 90 (2014), no. 3, 675-694.

(b-5) Nearly free curves and arrangements: a vector bundle point of view (S. Marchesi, Jean Valles), arXiv:1712.04867.


(c) 多重配置の自由性研究

(c-1) Derivations of an effective divisor on the complex projective line. (M. Wakefield, S. Yuzvinsky), 2005, arXiv:math/0507323.

(c-2) Generalized Splines and Graphic Arrangements. (M. Dipasquale), 2016, arXiv:1606.03091.

(c-3) Free and Non-free Multiplicities on the A_3 Arrangement. (M. DiPasquale, C. A. Francisco, J. Mermin, J. Schweig), 2016, arXiv:1609.00337.

(c-4) Inequalities for free multi-braid arrangements. (M. Dipasquale), 2017, arXiv:1705.02409.

(c-5) Free Multiplicities on the moduli of X_3. (M. DiPasquale, M. Wakefield), 2017, arXiv:1707.03961.

(c-6) A homological characterization for freeness of multi-arrangements. (M. Dipasquale), 2018, arXiv:1806.05295.



(d) 自由性研究(ルート系関連)

(d-1) Multiderivations of Coxeter arrangements. (H. Terao) Inventiones mathematicae 148 (2002), 659-674

(d-2) Arrangements, multiderivations, and adjoint quotient map of type ADE. Arrangements of Hyperplanes (M. Yoshinaga) Sapporo 2009, ASPM, vol. 62, 523-552



(e) 自由性研究(グラフ・組み合わせ論寄り)

(e-1) Vertex-weighted graphs and freeness of ψ-graphical arrangements (D. Suyama, S. Tsujie). Discrete & Computational Geometry. (online available) DOI: 10.1007/s00454-018-9984-1 arXiv: 1511.04853.

(e-2) Signed graphs and the freeness of the Weyl subarrangements of type B_{\ell} (D. Suyama, M. Torielli, S. Tsujie). (2017) arXiv: 1707.01967

(e-3) Freeness of Hyperplane Arrangements between Boolean Arrangements and Weyl Arrangements of Type B_\ell (M. Torielli, S. Tsujie), (2018), arXiv:1807.02432.




(f) 自由配置の幾何

(f-1)Hessenberg varieties and hyperplane arrangements, T. Abe, T. Horiguchi, M. Masuda, S. Murai and T. Sato, Journal für die reine und angewandte Mathematik,Vol. 764 (2020), 241--286.

(f-2) Double points of free projective line arrangements , T. Abe, International Mathematical Research Notices, to appear. arXiv:1911.10754 (2019).