本と論文の紹介

1.符号と暗号の数理 (情報数学講座、共立出版、1993年10月)、 藤原良、 神保雅一 著

工学系の学生向けにデータ通信で用いられる符号理論や暗号理論を数学の予備知識を仮定せずに読めるように解説している。 第1章では集合、写像の概念から始まって、数学科で学ぶ群、環、体などの解説している。第2章では整数論、特に除法に関するユークリッドアルゴリズムを詳しく初等的に解説している。3章で多項式に関するユークリッドアルゴリズムを解説し、素数冪の有限体の構成法と位数を固定した時の代数系としての一意性の証明がなされている。4章では有限体上の多項式の既約多項式への分解のアルゴリズムであるBerlekampの方法を解説している。5章では有限アフィン幾何、有限射影幾何、組合せデザイン、直交配列を有限体を用いて紹介しており、その相互関係を解説している。6章で符号とは何かの説明をし、有限体上の線形代数を用いて、符号の解説を行っていて、Hamming符号等が与えられている。7章で符号の一つである巡回符号、BCH符号などを、有限体上の多項式を用いて解説している。8章で符号のHamming限界式、Johnson限界式を紹介し、それに伴って符号からデザインができるというAssumus-Mattsonの定理を導いている。9章で暗号とは何かの説明をし、RSA暗号、離散対数問題、その安全性の解説を行っている。10章では送受信者以外の第3者によるなりすましと書き変えに対する暗号系最善システムを線形計画問題及び5章で導入した有限幾何の観点から調べている。

2. 微分方程式 その数学と応用 上(Differential Equations and Their Applications)(シュプリンガー・フェアラーク東京、2001年2月), Martin Brown 著、 一樂重雄、 河原正治、 河原雅子、 一樂祥子 訳

微分方程式の教科書であり、微分方程式について非常に丁寧に解説している本である。外国の本の訳書に多いが、数式の量に比べて文章量がかなり多く、数学の本としては少し読みづらい所はある。しかし丁寧に書かれてある分、読みやすいという方もいるかと思う。これは好みの問題である。 内容は非常に豊富で、微分方程式の応用についてかなり触れている。微分方程式を使って、絵画の贋作を見抜いたり、人口増加モデル、技術革新の普及、腫瘍の成長動態、撹拌問題、ローンの利息計算、糖尿病の診断などの微分方程式による記述、ばねの振動、電気回路ももちろん扱っている。 1階微分方程式の解の存在と一意性の証明は書かれているが、2階線形微分方程式については事実は述べられているが証明は書かれていない。1階微分方程式については、解の近似計算の記載に力を入れており、オイラー法、テイラー級数3項法、改良オイラー法、ルンゲ-クッタ法などの解説をしている。2階線形微分方程式では特性方程式の解法、級数による解法を述べた後、ラプラス変換の解説をしている。超関数の概念についても最後に少しだけ触れている。演習問題も豊富なので、勉強して楽しく、独学で微分方程式を勉強するのに良本だと思う。

3.暗号のための代数入門 (Computer Science Library、サイエンス社、2010年12月)、萩田真理子 著

暗号理論の基本理論を学ぶために必要な最小限の代数学の知識を(大学数学科2年生が学ぶレベルで、必要なものに限定して)丁寧に解説し、その暗号基礎理論の発展(メルセンヌツイスター)まで述べた良書である。上記1で書かれている代数学の知識は割と工学部向けに書かれているが、この本では本当に数学科向けの書き方をしている。しかし、とても丁寧に解説しているので、工学部の学生でも十分理解できるようになっている。例えば、上記1ではイデアルという概念は出てこないが、この本ではイデアルについても解説し、それに基づいて、有限体の構成や暗号基礎理論を記述している。第1章で簡単な暗号の仕組みを解説している。第2章で集合の基礎を、第3章~5章で群、環、体の暗号の基礎理論に必要な基本的な部分の解説をしている。第6章でユークリッドの互除法の解説、第7章で素数の性質、特にメルセンヌ素数の解説を行っている。第8章で大きな素数の見つけ方、特にミラーラビンテストの解りやすい群論的証明を与えている。第9章で有限体の構成法を与えている。第10、11章で疑似乱数の基本とメルセンヌツイスターの解説を行っている。第12章で公開鍵暗号の基礎、第13章で電子署名、第14章で共有鍵暗号の解説を行っている。章末問題もあり、自習できるようになっており、工学部の学生にとって(数学科の学生にとっても)暗号理論入門として、適書である。

4.基礎数学VIII、群論(Discovering Group Theory)(東京化学同人、2019年1月)、T.Barnard and H.Neil 著、田上真 訳

数学、特に証明問題を苦手と感じている人向けに、集合とは何か?何か(一般的な)主張を証明するとはどういうことなのか?関数とは?演算とは?などの数学で用いられる基本的な概念から丁寧に説明をはじめ、数学でも代数学と呼ばれる分野において、最も基本的な概念である群論の初歩までをしっかり理解できるように工夫されて書かれている。大学で学ぶ代数学の内容の本当に基本の入門書であり、通常の群論の本よりももっと基本的な所から、解説がなされている。大学でも数学科ではなく、工学部や教育学部などに所属している学生で、(数学的)論理に自信のない方にもおすすめの本である。この本を読破すれば、例えば三角形の内角の和は180度であるなどの、一般的事実を証明するにはどのようなステップを踏めば良いかなどが自然とわかるようになり、実際に(数学とは限らない)文章を論理的に分かりやすく書くための力をつけることができることと思う。

5. Algebraic Combinatorics I, Association Schemes, (The Benjamin/Cummings Publishing Co. ,Inc.,Menlo Park,CA,1984年)、坂内英一、伊藤達郎 著

私の師匠である坂内先生、伊藤先生によって著された代数的組合せ論の名著である。両先生とも代数的組合せ論という分野の創始者であり、代数的組合せ論に関する論文にはかなり高い率で、この本が参考文献として挙げられている基本的文献である。この分野を研究している世界中の研究者および学生はほぼこの本を読んでいる(と思う)。この本を読めば、アソシエーションスキームについての基礎的事項や、ランク1対称空間の有限版としての P- & Q-多項式アソシエーションスキームの分類問題解決に向けての一般論を学ぶことができる。序文には、代数的組合せ論のこれからの進展に向けた先生方の夢が描かれており、先生方の代数的組合せ論への研究の熱い思いが伝わってきて、魅力にあふれている。1章では本全体で用いられる群論の表現論についての基礎が書かれてある。2章では、この本の主題であるアソシエーションスキームの基礎理論および関連する概念とのつながりが書かれてある。3章では、P- & Q-多項式アソシエーションスキームの分類問題解決に向けての一般論が展開されている。英語で書かれている本で、日本語に翻訳もされていないが、説明が非常に丁寧に書かれてある本なので、読みやすいと思う。

論文

1. On Euclidean sets having only two distances between points I, II, Nederl Akad. Wetensch. Proc. Ser. A69, Indag. Math. 28 (1966), 479-504. by S. J. Einhorn and I. J. Schoenberg

ユークリッド空間の部分集合が2距離集合であるとは、その集合に現れる距離が0を除き、2種類しかない時を言う。この論文ではユークリッド空間の2距離集合の分類を行っており、一般にs-距離集合の分類研究として、最初のものに当たると思う。ユークリッド空間の有限点集合にグラフを距離によって定義し、そのグラフが埋め込むことのできる次元を調べている。特に、そのグラフによって作られる2次形式からなる関数の平方距離に関する凸性を用いて、n次元空間のn+2点2距離集合は相似変換を除いて高々有限種類しかないことを示し、また方法としてはその完全な分類を与えている(実際に列挙することは多すぎて困難)。一般に、このs-距離集合の問題は最近では城戸浩章氏、野崎寛氏、篠原雅史氏らによってよく研究されている。