手の甲が机に叩きつけられた鈍い音が辺りに響いた。
「っしゃー!」
勝利の雄たけび。
颯爽と立ち上がったのは筋骨隆々の若者で、唖然としているのはカジだった。
「……ちょっと、兄さん?」
「はい」
「何負けちゃってるのよ!」
カジは「いや、その」と頬を掻いた。
バーレイという街での腕相撲大会の予選。
とりあえず参加してみたのだが、カジはあっさりと負けてしまったのだ。
「っもーうっそでしょ! 兄さん腕相撲弱すぎ!」
「あー、その、ね、メーヴェ。僕は……」
「カジ」
彼はぎくりと身を震わせる。
首を回して背中を見ると、ナギが冷たい目をしてカジを見つめていた。
「う、ナ、ナギ……こ、これは、ですね、その」
「……」
彼女は溜息を吐き、「欲しかったなー、優勝者賞品の魔導石」と顔を逸らした。
「あわわ、すみません……」
「……」
ナギは片目を瞑って笑った。
――どうやら本気ではないようだ。
「……ま、義姉さんがいいならいいけどさ」
メーヴェは背を向けて「さっさと席を立ちなさいよ、兄さん」とカジを呼んだ。
「まったく、手厳しい」
カジは対戦相手に深く礼をし、壁際に立った。
『踊る仔犬亭』で開かれている腕相撲大会の予選は大盛況で、屈強な男達が自分の番を待っている。
奥の方では賭けも始まっており、険悪な雰囲気が出始めている。
その中でカジと言えば、身長は高くても筋力があるようには見えず、負けても対してブーイングは起きなかった。
「兄さんだって脱げば凄いのにねぇ」
メーヴェがけらけらと笑っている。
彼女はカジの腹違いの妹で歳が離れている。だからなのか、遠慮がない。
さらに今は雇い主であるとなると、カジは苦笑を返すしか出来なかった。
ナギはというと、カジの隣で周りを伺っている。
エールに口をつけている様子は妖艶で、何人もの下心を持った男達が彼女の体に視線を巡らせている。
――手を出そうものなら、彼女の強烈な魔法を喰らうことになるだろうが。
ナギは自分の敵に容赦がない。
「私の予想では」彼女は指を空中に遊ばせる。「あれとあれが強そう」
「確かに、強そうですね」
「『普通なら』上位に残るんでしょうが」
ナギが空いたグラスをカウンターに戻した時、「おおう、バード様だ」と声が上がった。
カジは入り口に目をやる。
頭が天井に引っかかりそうなほどの男が「おうお前ら、盛り上がってるか!」と姿を現した。
「主催様がご到着だ、エールをお出ししろ!」
「はっはっは、俺はワインのほうが好みだ、出してくれるか?」
「はい、喜んで!」
――あれが今回の目標か。
カジとナギは視線を合わせた。
「バードから村から奪われた秘宝を取り返して欲しい」
そう頭を下げる村長に、ナギは「盗まれたという証拠は?」と冷静に突きつけた。
「力ずくで奪われたのです、証人は何人もおります」
「物的証拠はないのね」
「……は、はい……」
「ナギ、そのくらいにしてあげてください」
カジが目を細めて咎めると「大事なことよ」とぴしゃりと反撃された。
「相手は元《霊石騎士団》の騎士なんでしょう? こちらの立場が悪くなるかもしれないのに、安受け合いはできないわ」
「それはそうですが」
「カジが思うところがあるのは分かるけれど」
「……」
彼は目を閉じた。
――元《霊石騎士団》。相手の立場はカジと同じだ。
相手は立場を利用し、こちらは隠している。それだけの違いだ。
「……まあ、私も意地の悪いところがあったのは認めるわ、ごめんなさい」
実はとナギは言葉を続ける。
「この村に至るまで、ずっと同じ話を聞き続けているの。バードっていう元騎士から物を奪われた、っていう話よ」
「なんと……!」
「だから信じていないわけじゃないのよ」
ナギはその細い指を宙に示す。
「一つ。私達は冒険者だけど今は別な依頼主に雇われている。しかし、その雇い主が『好きにしろ』と言ったから貴方の依頼を受けることが可能である」
「は、はい」
「二つ。今までの村でも同じ事件があり、私達はここで依頼を受けた場合、それらの品もついでに取り戻してくる。それを、無事に帰すと約束してくれる?」
「は、はい!」
「三つ。報復があるかもしれないわ。私達は最後まで面倒を見ることは出来ない――覚悟は、よろしい?」
「……」
村長は大きく頷いた。
「この村の宝が戻ってくるならば、覚悟もいたしましょう」
「了解。カジ、貴方もいい?」
「……ええ」
カジは赤い瞳を伏せ、服の下の二重の輪を意識した。
「っしゃぁああああっ!」
カジと対戦した若者がまた勝利の雄たけびを上げている。
ナギが予測した二人は、その若者にあっさりと負けていた。
場は大いに盛り上がっているが、ナギはぽつりと呟く。
「そうくるか……」
カジも小さく頷いた。
――つまるところ、これは八百長なのだ。
周辺の村から『提供されたもの』を賞品とした、腕相撲大会。
『強い奴』はことごとくその若者に負けている。
まるで物語の主人公かのように若者を押し上げ、場を盛り上げているかのような、些細な違和感。
そして――決勝戦。
「今日の俺は調子がいいぜ!」
そう言い放つ若者の対戦相手に、カジは目を見張った。
「……見たことがある」
「え?」
「あの対戦相手、どこかで――いや、騎士時代に見たことがあります」
「ふうん……まあ、大方バードの手下でしょう」
ナギが不意に見せた表情から、カジはその若者の対戦相手こそが本物の「優勝者」であることを悟った。
そして、決勝戦が始まり、長く白熱した展開の後、あっけなく若者は負けた。
「勝負有り!」
バードが飲んでいたワインのグラスを掲げて「おめでとう!」と高らかに言い放つ。
「賞品は君の物だ。名前を聞こう!」
「サムエルと申します」
「ようしサムエル! バードが許す、ここで多いに宴を行おうではないか!」
バードは高らかに笑い、負けた若者も呼びつけて酒を振舞った。
「……本当は穏便に取り戻したかったけどね」
ナギが壁際から離れる。
「え、ちょ、ちょっと、ナギ?」
「プランBで行きましょう」
「そんな、知りませんよ……!」
カジの制止を無視し、彼女はサムエルの近くに歩み寄った。
「お強いんですね」
「貴女は?」
声をかけられたサムエルは明らかな驚きを見せた。
「観戦しに来ましたの」
「あちらの方を?」
二人の視線から、カジは自分が話題に上げられていることを悟った。
「ええ……」
「お連れさん、寂しそうにしているじゃないですか」
「いえ、もういいんです。私、強い方が好きで……」
「そうですか。当然のことでしょうね」
サムエルが「こちらにどうぞ、レディ」とナギの肩を抱いた。
「バード様は私なんかよりもずっとお強い方ですよ」
「まあ」
彼女は少しだけ笑って、バードの前に連れて行かれる。
「どうしたサムエル。随分な美人さんじゃあないか」
「お強い方がお好きだと言うので。元霊石騎士団員であるバード様をご紹介しなければと」
「殊勝なことだ。よし、名前を聞こうお嬢さん」
「ナギですわ、バード様」
「よしよし。こちらにおいでナギ」
といったやり取りを、カジは呆然と眺めていた。
「ちょ、ちょっと! 兄さん、言われちゃってるわよ!」
「……」
カジは頭を抱えた。
――わざわざ敵の懐に入らなくても。
だが、これが彼女の言うプランBであるならば。
「仕方がありません……もともとは僕が腕相撲で負けたことが悪いんですからね」
もう穏便にとはいかない。
カジも覚悟を決めるしかなかった。
バードがナギを案内したのは、自らの豪邸であった。
煌びやかな外見に相応しい内装がナギの前に広がっている。
「退団する時に貰ったんだ」
彼はそう自慢し、「剣は嫌いか、お嬢さん?」と訊く。
「いいえ、闘技場にはよく参ります。強いお人が好きなので」
「ふうむ。その成り、東方の民であろう? 強い者を探してやってきたのか?」
「ええ、さすがバード様。私の事などお見通しですのね」
「ふふん」
ナギの言葉に気をよくしたようで、バードは「見てみるかね?」と壁にかかった大剣を取った。
「サムエル、いるか!」
バードが一声かけると「はい、ここに」とサムエルが現われた。
――先程が初対面ではないのだ。
ナギは気づきながらも何も言わなかった。
「一つ、模擬戦をしよう。あの日のように」
「はい」
サムエルが同じように剣を手に取り、二人はかちんと剣先を合わせる。
霊石騎士団の模擬戦の様式だ。
「はぁっ!」
サムエルが先に飛び出した。
剣を横に薙ぐが、それはバードの大剣にやすやすと跳ね返される。
バードが反撃をする前に、サムエルは一歩早く跳び退いていた。
二人の動きに、ナギは「ふむ」と口元に手を当てる。
――いい動きだ。これなら実戦では多くの敵を倒してきたのだろう。
数分の『戯れ』は、バードの突きがサムエルの髪を切ったところで終わった。
「……まったく。勝てそうにありません、バード様」
「ふふ、すまんな。俺のいいところの踏み台になってもらって」
「構いませんとも」
サムエルはにやりと笑って、「今日はお疲れ様でした。ごゆっくりお休みくださいませ」と礼をした。
「お前もしっかり休めよ。明日からはきっと町民が黙ってなかろう」
「ありがとうございます」
彼が扉から去った後、バードはナギの細い肩を抱いた。
意外にも柔らかい仕草で、ナギは内心女好きなのだろうなぁと思う。
「ワインが好きかね? それともウィスキーを?」
「我侭を言わせていただければ、辛口のシェリーを」
「ふむ――君はなかなか魅力的なことを言う」
バードが「なら軽く食事をしながらにしようか」と給仕を呼び出している間、ナギは表情を隠して小さく笑う。
――さて、カジは覚悟を決めたのだろうか?
カジがその屋敷に現われた時、守衛は「何か御用か?」という声に緊張を滲ませた。
「ええ……。バード様に面会を」
「バード様はお疲れだ。ひ、日を改めよ」
上ずった声。
カジは視線を上げた。
守衛の顔は汗が伝っており、明らかに怯えているのが見て取れた。
――己の力量を分かっている、優秀な門番だ。
「奪われた物を取り返しに来た。そうお伝えください」
「な、何を無礼な!」
「いいから。お伝えください」
門番はカジの静かな声に押されるようにして「こ、ここを動くな……!」と屋敷へと走りこんだ。
カジは眉間を指で揉む。
流石に緊張していた。
程なくして戻ってきた門番は、汗をだらだらと流しながら「お、お会いになるそうだ……」震えていた。
「はい。ありがとうございます」
踏み入る。
敵の領域の中に入った――そう思わせるには十分な圧迫感が漂っていた。
靴をわざと鳴らしながら、カジは屋敷を進む。
既に殺気は向けられていた。
後はまみえるだけだ。
「――ああ、貴方でしたか」
ダンスホールで待ち構えていたのは、サムエルという腕相撲大会の優勝者だった。
「恋人を取られた、とでもお思いで?」
「……」
カジは答えない。
実際のところ、どう返答してよいのか分からなかった。
「まあいい――どうも貴方も腕が立つようだ。そのために持ってきたのでしょう、ソレを?」
サムエルが指差したのはカジの背中の大剣であった。
青味がかった銀色の剣の留め具を外す。
「お喋りが嫌いな方だ。それでは女性もつまらないでしょうね」
「……貴方は喋りすぎだろう?」
言葉が落ちていく。
あまり気分のいい物ではないが、仕方がない。
柔らかな言葉など、必要ない。それは敵に向けるものではない。
「ふふ……そうかもしれませんね」
サムエルが鞘から抜いたのは長剣だ。
『霊石騎士団』の刻印がはっきりと見て取れた。
彼が油断無く構えたのを見て、不意にカジは思い出す。
「……やはり、見たことがあると思った。『赤い雨』と呼ばれていた奴か」
「おや、その名前をご存知で?」
「そりゃあ――女子供を好んで斬り、そのために部隊を転々と……という噂、忘れられるわけがない」
「否定はしません」
サムエルは笑う。子供のように、無垢に。
「その分じゃ、貴方も人を斬ったことがあるのでしょう? 楽しくないですか、無抵抗の柔らかい物を斬るの」
「外道め。それだから『霊石騎士団』を追い出されるんだ」
「今でもバード様のために斬れますから、問題はございません」
「……」
カジは刹那のうちに息を整え、床を蹴った。
ダンスホールはその足音を微かに響かせる。
「ふっ!」
大剣が長剣に噛み付いた悲鳴が、長く長く響き渡る。
――ぴんっと空気が緊張した。
「いやはや、……何て力!」
サムエルの声が、表情が、強張っている。
カジは何も言わず、ただ次の攻撃のための呼吸をした。
相手が動く瞬間を見計らって、剣を少しだけずらす。
「っ!」
噛み合っていた力の拮抗が崩れたのを見計らい、カジはもう一度剣を打ち込んだ。
鈍い音が響く。
「流石に二回目は」
――完全に防がれていた。
頭の回る男のようだ。
カジは一度距離を取り、息を整える。
「しかし、そんな大剣を易々と振り回すとは……貴方、一体何者です」
「……さあ」
名乗るつもりも無かった。
「……!」
鋭い殺気に気づき、カジは何も考えずに右足を半歩引いた。
彼の顔を掠めたのは、親指の長さほどの刃。
額当ての紐が切られて床に落ちた。
「暗器か」
辛うじて傷はつかなかった。
どうせ何か『塗って』あるに違いないからだ。
「反応が早すぎます、貴方」
サムエルの声は震えていた。
「剣で抑えられない――そう考えたのに、奥の手まで避けますか。あのタイミングで!」
「……」
顔を上げる。
前髪が落ちていて、視界は明瞭とは言えなかった。
だが――懐かしい光景だ。
『あの時は世界を認識せずに、ただ逃げていた』。
「……貴方まさか」
「ん?」
「そんな馬鹿な! 何故、貴方がここに!」
「……ん?」
明らか狼狽を見せるサムエル。
「『霊石騎士団』第七機動隊の――『夕斬り』!」
「……は?」
覚えの無い呼称であった。
そもそもあの時期、他人から「おい」とか「お前」とか以外に呼ばれたことなど数えるほどしかなかった気もする。
――使い捨ての効く大勢の中の一人でしかなかった、はずだ。
だというのに、目の前の男はカジの昔の所属を言い当て、挙句震えている。
「まさか、生きているなんて」
「会ったことはないと思ったが」
「第七機動隊を何だと思っているのですか、貴方は!」
ダンスホールは彼の恐怖を逃さず響かせる。
「こ、殺される……嘘だ、第七機動隊が、私なんかを相手にするわけがっ」
「……あー」
察した。否、思い出した。
『霊石騎士団』第七機動隊。
第七機動隊隊長、ひいては『女神教会』上層部の命令を忠実に執行するだけの存在。
一番人を殺した部隊だろう。
ついたあだ名が『死を呼ぶ鳥』。
カジがその中の一人だったことには間違いない。
――人殺しに疲れて休暇をとることを許してくれたのは、おそらくカジも多くの人間を斬ったからだろう。
「……」
しかし、実は『女神教会』を裏切ったのだとか、実はもう死んだようなものなのだとか、勘違いを正すつもりにはなれなかった。
ただ、ついと剣を構える。
「僕だって簡単に殺したくない。剣を置け」
「……」
サムエルは震える手で長剣を床に投げ捨てた。
――昔の肩書きが役に立つこともあるか。
「『夕斬り』が――目の、前に……異教徒殺し、違反者殺しが、こ、こんなところに、……」
カジは表情を前髪に隠す。
そんな過去もあったが、戻るつもりは無かった。
ただ、闇雲に殺さずに済むなら、そんな血まみれの過去も悪くは無い。
カジが剣をその手に取る理由は変わったのだから。
「まさか、サムエルが敗れるとは」
カジが食堂に乗り込んだとき、ナギは豪奢な椅子に悠々と腰掛けていた。
そして「ご苦労様」とでも言いたげに笑っている。
カジは溜息を吐いた。
「ここに僕が来た意味は分かっているな」
「彼女を取り戻しにきたのだろう?」
「……」
「冗談さ、そんなに睨んでくれるな、『夕斬り』」
「僕はそんな名前で呼ばれたことはない」
「そりゃあ――こいつは他の部隊がお前を恐れてつけた名前だろうからな。こうして見えるまでは信じられなかったが、その瞳、間違いなく『夕斬り』だ」
バードは立ち上がり、抜き身の剣をくるりと回した。
「私は第一部隊の出身だが、第七機動部隊は恐ろしかったよ。その剣がいつこちらを向くか分かったもんじゃなかったからな」
「……では、投降してくれるか?」
「まさか!」
高らかな笑い声は、カジの精神に障った。
「ここで斬りあおう。そして、殺す。そうすれば、かの『夕斬り』の大事なものを奪ったという箔もつく」
「……」
また溜息。
「勘違いをしている」
「ん?」
「僕は無闇に剣を振るう気は、ない」
不意に立ち上がる影。
「『私を見なさい』」
それはナギの声であった。
「はっ……!?」
バードの首がぐるりと彼女を凝視する。
「なん、何い……!?」
「『床に膝をつきなさい』」
「うおっ!?」
ごんっという鈍い音で、バードの巨体は床につく。
「まさか、お前」
「『黙りなさい』」
「……!」
ナギは楽しそうに笑って、来ていた上着を肌蹴た。
首からかけられた魔導石が、ちょうど胸の谷間にかかっている。
「ここばっかり見ていたでしょう? とても魔法がかけやすかったわ」
ナギは妖艶に笑い「『隠し物は何処? 指差しなさい』」と冷たく言い放った。
バードの震える指が、本棚を指していた。
「カジ」
「ええ」
カジが良く見てみると、なるほど一冊だけ背表紙に何も書かれていない本があった。
それを押し込むと、鈍い音で床の一部分が持ち上がる。
「地下ですか」
「こんな広い屋敷の地下だもの、いっぱい詰め込めそうね」
「ごもっとも」
カジが「それでこれからどうする」と視線を向けると、ナギは片目を瞑って見せた。
彼女の青い瞳が、バードを見下す。
「さあ。このまま物を返してくれれば、私も『夕斬り』も何もしないわ」
「ちょっとその名前止めてください」
「今までの行いをばらすつもりも無い。貴方は物を村に返し、健全な老後を送りなさい。約束できないようなら」
魔法の気配。
「殺すより酷い目にあわせてあげるわ」
「……!」
バードの顔色がみるみるうちに青くなる。
カジにはなんとなく、ナギがやろうとしている酷いことがわかった。
――確かに、死ぬより酷い。
二人はバードを拘束し、地下への階段を下った。
「僕は要らなかったんじゃないですかね」
ぽつりと呟くと、「必要に決まってるでしょう?」とナギは大真面目に答えた。
「私は非力なんだから。一人じゃ隙を見つけられなくて、この作戦はとれないし」
「はぁ」
ナギの言葉は嘘ではない。彼女は危険なことをして、それをカジに助けてもらうつもりがあったのだ。
「……あまり心配をかけないでください。僕が皆殺しにしたらどうするつもりだったんですか」
「そこまで考えて無かったわ」
「僕は貴女が思っている以上に我慢が効かない男ですよ。特に、ナギの身が関わっているとなれば」
「……ふふっ。嬉しい。今度から気をつけることにする」
「頼みますよ、本当に」
でも、とナギは続ける。
「貴方が腕相撲に負けたのが悪いのよ」
「ぐっ……」
「そもそもどうして負けたの? 貴方なら負けっこないじゃない」
「――です」
「ん?」
カジは声を出来るだけ抑えた。
「本気でやったら、相手の手を壊してしまうんです」
「……」
「それで、なるべく普通の力を出そうとして――僕は器用じゃありませんから、その……」
「優しいのね。でもそれは危険よ」
「はい」
「そういうところが好きなんだけれどね」
ナギは笑う。
「このお詫びはシェリーでいいわ」
「え? シェリー、ですか?」
「……っもー。貴方は察しが悪いわね」
何のことだか分からず、カジは首をかしげた。
「お帰りー。無事で何よりね」
メーヴェは宿の食堂でエールを煽っていた。
「全部終わったなら、そろそろ出発したいんだけど」
「ということは、次の発掘の目処が?」
「そう! 今度こそ当てるわよー!」
彼女は《魔工組合》の一員として世界を巡る者だ。
カジとナギは彼女に雇われて発掘作業と護衛を行っている。
「この前もそう言って、出てきたのは鉄屑――」
「何か言ったかしら、兄さん」
メーヴェが構えた腕には、魔導石のついた腕輪が見えた。
「い、いえ……な、何でもないです」
「よろしい。さあ、行くわよー!」
雇い主が意気揚々と立ち上がったのを見て、ナギは「シェリーはお預けね」と笑った。